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いまごろ効いてきた「空中元彌チョップ」

今年もDDTの両国国技館大会は、中井の伊野尾書店・店長率いる出版シンジケート――大手取次から各社版元、書店まで40名以上のご一行に混ぜてもらって観戦。このコネクションをフル活用したら、『KAMINOGE』とか新装刊『ゴング』とかガンガン売れちゃったりするんじゃないか? なんて妄想もするんですが、案外、職場ではみなさんプロレス者であることを秘している感じもあり。また、その含羞が心地よかったりもする。オールド・スクールなプロレス者のまとう空気。

プチ鹿島さんの新刊『教養としてのプロレス』の美しさは、そのオールド・スクールな愉悦を知りつつも、最新のメインストリームを目指すべく勝負しようとしているところで、そうした志は新装刊『ゴング』からもビンビンに感じる。夕陽に向かって走り出す、あの少年マンガのワクワク感。その眩しさに目を細めつつ、私はもう少しこの端っこの席にいさせてもらおうと思う。

しかし今回のDDT両国大会、前売り段階でチケット完売の快挙も、メインが3ウェイマッチというチャレンジも素晴らしかったのだけど、なによりよかったのが興行のテンポだ。メリハリの効きまくった試合が、ダレることなくポンポン進んでいく。DDTの初両国から5年。これが蓄積というものかと感心してしまった。

男色ディーノvsマッスル坂井に南海キャンディーズの山ちゃんを加えた、ある意味これまた“3ウェイ”な試合も最高だった。映像や照明、音響などを贅沢に駆使しながら、ある男の肛門が爆破される瞬間を1万人の観客とともに見つめるという。こんなエンタテインメント、ほかにあるだろうか。

わかりやすくハイレベルな試合を確実に提供してくれる新日本プロレスの見事さがあってこそのプロレス復興なわけだが、プロレスというジャンルの可能性にはまだまだ底知れぬものがあるなと思った次第。

DDT両国大会から10日後、下北沢の駅前劇場にて、星野源似のナイスガイな狂言師、茂山童司の主宰するコントユニット・ヒャクマンベンの公演を鑑賞。出演は童司のほか、茂山正邦、茂山逸平の3人。そもそも狂言とは滑稽さを含む芸能であり、現代的なコントに挑むのはそこまでムチャなことではないし、実際すでにそうした企画は多々、存在するわけだが、ヒャクマンベンはより攻めている。

まず、見栄えからして完全にラーメンズ・マナーだ。舞台はシンプルな黒基調、衣装も黒シャツに黒パンツ、さらには小道具としてキューブが。といっても内容は完全にオリジナルである。

現代の設定に狂言の発声や所作を被せることで笑いが生じるのだが、そのズレに抑制が効いている。通常のコント師ならエスカレートさせていくような笑いどころでも、微妙に現実感をキープすることで、明晰夢の中にいるような気分が醸し出されるのだ。

公演中、もっとも夢幻度の高いネタは「マクドナルド能」とでも言うべき、それぞれ能面を被ったマックの店員と客が、狂言の発声で「チキンクリスプの販売中止がどうしたこうした」みたいなやりとりをするコントだったのだが、観客をいきなりこの濃度に浸すのではなく、少しずつ少しずつネタにアシッドな成分を混ぜていくことで、気づいたら夢の深部へ誘われている。そこからまた少しずつアシッドを抜いていき、現実に戻して終演する構成。つまりは公演自体が一種のサイケデリック体験となっていた。

この絶妙なサジ加減を可能にしているのが、狂言師の鍛え上げられた身体所作だ。あきらかにタダ者ではない3人の身のこなし。歌舞伎俳優などでも言えることだが、幼少期から芸事に慣れ親しんでいる彼らのフィジカルな強さ、エンタテインメントを意識した瞬発力には目を瞠るものがある。

なんてことを考えていたら、思い出したのが和泉元彌である。ハッスルでの鈴木健想戦は、私の中ではどうにもネガティブな記憶としてしか残っておらず、「空中元彌チョップ」という言葉を思い出してみても失笑しか起こりえない、そんな状態だったのだが、狂言師の凄みを知ったいま、能楽協会を退会処分となっている元彌なれど、もしや見るべきものが……と思い直し、『ハッスル・マニア2005』のDVDを借りてみて驚いた。

すんばらしいプロレスじゃないか、これ!

まず、前哨戦の後楽園ホール大会。バルコニー越しの元彌の口上からしてカンペキだ(羽野晶紀夫人と出会いのきっかけとなったシアターコクーンでの蜷川演出ロミジュリも思い出したぞ)。健想のヨメ・浩子の慇懃無礼なマイクも、オリエンタリズムと古典芸能の敷居をうまく跨いでいる。

つづく、横浜アリーナ大会当日。セッチー鬼瓦軍団による和泉流トレインからの元彌不在で、すわダブルブッキングか? と見せかけておいての、天井からの登場には、「レッスルマニア12」でのショーン・マイケルズの入場パフォーマンスを彷彿とさせるものが……なんて言ったらホメすぎかもだが、煌びやかな衣装も口上もばっちりキマってる。ちゃんと異次元へと誘ってくれるのだ。

そして、完全に記憶が塗り替えられたのが、リング上での元彌のムーブである。健想の懐深さもあってのことだが、ロープワークからのエルボーも、張り手を受ける表情もじつに魅せるではないか。フィニッシュはAKIRAらセコンド乱入からの、空中元彌チョップ。四つ打ち込んだところで健想が一瞬にして崩れる。この「一瞬」というところに現実離れした霊力(元彌の言葉を借りるなら「狂言力」)が感じられて、説得力を越えた美しさすらあった。少なくとも山ちゃんの肛門爆破と同じぐらい賞賛されてしかるべき奮闘だ。

ここには、高いプロ意識も、プロレスへの敬意もある。というかプロレスの凄みも可能性も存在していた。自分の目でたしかめてみるものである。いやはや、驚いた。

(初出:『KAMINOGE』2014年10月号[vol.34])

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