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なぜいま「街」と「暮らし」から考えるのか
いまやPLANETSの中核的な事業パートナーとすら言える小池真幸くんが、いま地元(横浜)で「書店」的な施設のオープンを準備している。彼は少し前から、その準備過程をnoteに綴っていて、これがドキュメント的に滅茶苦茶おもしろいのだけど、最新回ではこの試みが僕との(PLANETSの)仕事や、『庭の話』へのアンサーとしての「場作り」(作庭)でもあるという話を書いてくれているのだ。
僕は10年少し前から都市や生活といった方向に(つまり『庭の話』的な内容に)関心を向けはじめて、それはコロナ禍を経て本格化していった。それは、プラットフォーム資本主義というものを考えるとき、タイムラインの潮目とそこに漏れ出す自意識のことばかり考えていると、問題の本質に迫れないと考えたからだ。しかしこのとき多くの古い批評読者は「宇野は何をやっているんだ」とほとんど理解してくれなかった。僕に言わせれば彼らが無批判に「そういうものだ」と思い込んでいる「批評」は戦後日本的に言えば「政治と文学」の古い枠組みにとらわれていて、今起きている問題はむしろその枠組ではとらえられない場所に新しい構造(「市場とゲーム」)が生起しているからだと僕はこの頃から考えていたのだ。だから僕は、都市開発やものづくり、ケアや自然保護といった領域のことを「取材」しはじめたのだ。そして小池くんは数少なく僕の問題意識をしっかりと受け止めて付き合ってくれた読者の一人であり、仕事上のパートナーとしても積極的に動いてくれた。
なので、彼が、「場づくり(作庭)」というかたちで僕の投げたボールを打ち返してくれることが個人的にとても嬉しく、(迷惑にならない程度に)応援したいと思っている。しかしそういうことは抜きにこの「作庭記」、かなりおもしろいのでぜひ一読して見てほしい。(今週末16日の横浜のイベントのテーマも「まちづくり」なので、この小池くんのプロジェクトにも触れようと思う)。
さて、その上で今日は改めて、なぜ都市や生活から考え始めたのかということを論じてみたい。
再三指摘している通り残念ながらいま、僕たちが直面しているのは「本が好きな人よりも、本が好きな自分が好きな人が多い」という皮肉な現実だ。これは、「本」に限らずどの分野でもSNSプラットフォームが普及し、承認の交換が低コストになると必然的に発生する問題だろう。物事に触れ、味わう快楽はリターンが大きいがハードルが高く、相対的に「コスパ」が悪い。しかし、SNSなどでセルフブランディングして(たとえば「本が好きな知的な自分」をアピールする)、他のユーザーから承認をもらう(あるいは自分自身に対して自己イメージを言い聞かせる)ことは、リターンは少ないがそれを行うコストがゼロに近いので、圧倒的な「コスパ」を発揮する。その結果として、人間は比喩的に言うと「本を読む」快楽ではなく「本が好きな自分をアピールする快楽」に流れていく。繰り返すが、これはどの分野でも起きることだ。
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u-note(宇野常寛の個人的なノートブック)
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