サクラサク。ep5
吾輩、黒猫・朔(さく)にはたくさんの兄弟がいた。
「なぁ、頼むよ。一匹もらってくれないか」
生まれたばかりで、目がまだぼんやりとしか見えていないころ、二人の男の声が聴こえた気がする(定かではない)。
「え、でも俺は独り身だし、動物を育てたことはないよ」
「でも、可愛いだろう?うちはもう手一杯なんだ。頼む。どの子でも良いから」
こうして、吾輩はご主人様に選ばれた。
「いいかい。お前は“預かる”だけだからな。俺は、それまでの仮・ご主人様だ」
ご主人様はそう言って、何度も吾輩へ言い聞かせた。
「お前は可愛いから、いつか飼ってくれるヤツが現れる。その時は、綺麗サッパリ俺のことは忘れて、そいつの元で、誰よりも幸せになると良い」
ご主人様は、吾輩に愛着のない素振りを見せた。確かに、餌の時間は忘れるわ、掃除を面倒くさがるわ、柱で爪を研ごうとすると怒鳴られるわ、散々な日もあった。
だけど、吾輩はご主人様のことを冷徹な男には思えなかった。
「お前を飼ってくれる人間は、なかなか居ないなぁ」
ある晩、酒の匂いがするご主人様は、ベロベロになりながら、吾輩の背中を撫でた。
「だけど、安心しろよ。お前が悪いわけじゃない。いつか、神様が必ずお前を飼いたいと言う日が来るだろう。その時は、仕方ない。それまでに、人間で飼ってくれるヤツがいたらなぁとは思っていたが…」
カミサマ?誰だそれは。
「ずっと、ここに居てもいいよ。今日から俺が、本当のご主人様だ」
神様の正体は分からなかったが、吾輩はご主人様の元で、ずっと生きていくのだと思っていた。
本当に、思っていたのだ。
それなのに。
サクラ、どうして吾輩の前に現れたんだ。
ご主人様の元へ、帰れないじゃないか。
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