『カノッサ』 息が凍るほど寒い日、東京では珍しく雪がちらついていた。講義を終え、今日は真っ直ぐ帰宅しようとしたはずだった。正門の傍らに、見知った顔立ち、体つき。日常の中に突如飛び込んで来た異物に、私はひどく狼狽えた。 なんで、なんであんたがここに。 華奢で洗練された佇まいの彼女は、私を見るなり神妙な面持ちでこちらを向いた。 「謝りたい事があって来たの…」 消え入りそうな声でそう告げた彼女は、あの頃とは別人だった。 自宅までの道中で私と彼女はほとんど会話をし
僕ね、本を探すのがすごく下手なんですよ。 一冊の本を探すのに一時間以上かかることなんてザラにあるし。 目当てのものを事前に調べて、題名、作者、表紙はもちろん背表紙のデザインまでしっかり把握しているはずなのに、何故か見つからないんです。 例えば、白い背表紙に黒字で題名が書いてある本を探しているとするでしょう。 僕は目を凝らして、必死でそれらしきものを探すんです。 2、3周しても全然見つかりやしない。 全く、どこに隠れているんですかね。 諦めた矢先、頼みの綱である検
「俺、近々旅行に行こうと思ってるんだ」 「お、いいねえ。どこに行くんだ?」 「まだ行き先は決まってないんだけどさ。どこがいいかな?」 「うーんそうだな。あ、この季節だし、富士の樹海なんでどうだ?」 「この季節の意味が分かんないよ。」 「暑くなってきたし、涼むのにもってこいだぞ?」 「あそこ一度入ったら出られないっていう噂じゃないか。お前は俺を殺そうとしてるのか?」 「うん。」 「え?」 「だから、そうだよ。」 「……え。お前、俺の親友だよな?」 「改めて
今、どうしようもなく会いたい人。勘のいい人は特徴を述べたらすぐに分かると思う。 ・眉毛太い ・声高い ・上半身がおもろい ・真人間 ・確定申告で職業の欄に「若手芸人」って書く ・既婚者 ・肌白い ・女形似合う ・相方の右乳首触る ・巷ではSランクと噂されている そうです。ジソンシンです。 主に関西を拠点に活動するお二人。関東でのメディア露出はほぼない、今のところ。 大阪まで直線距離約400キロ。ヤコバで9時間半。高校生には遠すぎる距離。 彼らを見たすぎるあまり、と
人工知能…… …人工知能??? 最初の印象はとにかく「謎」。 え、これ中身ちゃんと人よな? AIが勝手に打ってるわけじゃないよな? 感情あるよな? ちょっと不安を覚えながらも、とりあえずフォローした。アカウント名のインパクトで、アイコンがフードを被ったミッキーだということにしばらく気が付かなかった。 初めての会話は、確か、確かWESTの事だったと思う。え、ジャス民じゃん。同い歳じゃん。お笑い好きじゃん。運命じゃん。 お前さ、なんかおもしれぇじゃん(By小瀧)。
いつもより授業が早めに終わり、家路を急いでいた時。 空から雨粒が数滴、ぽたぽたと頭に落ちた。瞬間目の前がフラッシュし、遠くからゴロゴロと雷の音が聞こてくる。夕立だ。いつもは持ち歩いている折り畳み傘も、今日だけは何故か持ち合わせていなかった。 「なんなのよ…天気のバカ。」 思わずそう呟いた。身長が高いせいでヒールを履けない私にとって一番のオシャレ靴。雨の中を走ったせいで泥はねがついてしまった。 仕方がない、バスで帰ろう。雨宿りも兼ねて急いでバス停に避難する。 「すみませ
Twitterの、現実で絡む友達とだけ繋がるアカウント。通称リア垢。比較的規模の小さな、非公開という制限を設けられた世界で起こった出来事。 ある日の彼氏の何気ないツイート。 それにくっついていた汚い紐。 知らない女のリプライ。 プロフィール覗けば案の定、非公開。 自撮りアイコン女。 名前に「〜たん」とかつけるタイプの女。 絶対サンリオ好き女。 絶対マイメロ推し女。 見るからに痛い女。 そっけない彼氏の対応。 相手にされてない。 いや草生えるわ。 たかが画面上の
我が家には、父親というものが存在しなかった。生まれた時からずっと。幼少の頃なら誰しも、一家に一人必ずあると思っていたものだ。姿を見たこともなければ声も聞いたことがない。 それなのに。 母は毎日、5人分の食事を用意している。朝も昼も夜も。まるで、誰かもう1人がそこにいるかのように。兄も姉も、それを気に止めることも無く平然と箸を進める。兄はよく休日に、見えない誰かとキャッチボールをしていた。壁に跳ね返るわけでもなく、ボールは真っ直ぐに返って来る。私と姉は共同部屋だが、突然姉が