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感謝されるためではなく 結果的に感謝される人になる #25 ネギを植えた人
私のことを社交的と思われる方もいらっしゃいますが、実際は、内向的です。
独りっ子ということもあってか、幼い頃から積極的に友達を作るタイプではなく、一人で遊ぶのが好きでした。
元々、仕事でも多くの人たちと接する営業にだけはなりたくありませんでした。
しかし、意図と反して営業となり、人と接することの面白さを知ることとなり、現在に至ります。
それでも元来の内向的な性格が変わったとはいえません。
そんな私の器の小ささから、常に人間関係には悩まされ続けています。
もう、ずいぶん前のこととなりますが、そんな私に対して、ある先輩から、「お互い“ネギを植えた人”を目指しましょう!」と励まされたことがあります。
正直、“ネギを植えた人”のことを知りませんでしたので調べてみました。
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それは、まだ人がネギを食べてなかった頃のお話しです。
その頃は、人が人を食べておりました。
時として、お互いが、お互いを牛に見えてしまうからでした。
中には、自分の親や兄弟までもを牛と間違えて食べてしまうことさえありました。
「ああ、私は何て事をしてしまったのだろう・・・。」
自分の兄弟を間違えて食べてしまった男は、その自分の行為を嘆き、旅に出ました。
「広い世の中にはきっとどこかに、人が人に見える、まともな国があるに違いない。
何年がかかっても良いので、その国を探し出そう。」
そう心に決めての旅立ちでした。
長い間、あてのない男の旅が続きました。
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山奥の国・・・
谷峡の国・・・
海辺の国・・・
さまざまな国を巡りましたが、何処に行っても、やはり人は人を牛と間違えて食べていました。
男は、何度も落ち込みながらも、それでも諦めずに旅を続けました。
春、夏、秋、冬・・・
何度も季節を繰り返し、若かった男も年を取り白髪がだいぶ増えた頃・・・
男は、ある見知らぬ国へ辿り着きました。
そして、それが長い間、男が探し求めていた国だったのです。
その国では、決して、人を牛と間違えることなく、誰もが仲むつまじく暮らしていました。
男は、その国の一人の老人に尋ねます。
「何故、この国の人達は、人を食べることなく暮らせるのですか。」
どうやら、この国でも、元々は、男の国と同じように、人が人を牛と間違えて食べていたと言います。
そして、こう話してくれました。
「ネギを食べるようになってから、もう、その間違いも無くなりました。」
男は驚き、ネギについて尋ねます。
すると老人は、親切に畑に案内しくれ、ネギを見せて、その種子を男に分け与えてくれたのです。
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男は、ネギの種を持って大喜びで故郷の国への道を急ぎました。
「これを食べたら、私の国の人達も、この国の人達の様に幸せに暮らすことができる。」
そう思うと足取りも軽く、遠い道のりも苦しいとは思いませんでした。
やっとのことで、男は、故郷の国へ帰り着きました。
そして何はさて置き、真っ先に柔らかい土の上にネギの種を撒いたのです。
安心した男は、急に懐かしい友人達に会いたくなり、その家を尋ねました。
しかし、久しぶりに会った友人達には、男を牛にしか見えません。
「私だ。あなた達の友人の私だ。」
懸命に人であることを訴える男。
「おやおや、何てまぁ、よく鳴く牛だろう。」
「何でもいいから、早く捕まえてしまえ。」
男は、自分の友人達に捕えられ、その日の内に食べられてしまいました。
・・・
それから暫く経ってからのことです。
畑の片隅に今まで見たことのない青い草が生えました。
試しに、少し食べてみると、良い香りと一緒に涙が溢れ出します。
そして、その涙は、人の目の曇りを綺麗に洗い流してくれました。
それからと言うもの、国中の人達がネギを食べるようになり、もう昔のように牛と人を間違えることはなくなりました。
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誰も“ネギを植えた人”が男であることを知りません。
故郷の国を想い“ネギを植えた人”である男は、誰からも礼を言われません。
それどころか、幸せを願った故郷の国の人達に食べられてしまいました。
しかしながら、男の真心は、確実に、後世の人達を幸せにしてくれました。
ちょっと、「世にも奇妙な物語」に出てきそうなお話しですが、朝鮮半島に伝わる民話だそうです。
誰しも自分の善意の行為に対して、感謝されたい、褒められたいという欲求があると思います。
しかし、そればかりを望んでいると、欲求を満たすための善意となってしまいます。
そもそもの善意の行為とは欲求を満たすものであってはならないと思います。
先輩から教えていただいた、この“ネギを植えた人”を通して善意のあり方について、この言葉を初心にしようと思いました。
「感謝されたいとは思いません。
しかし、感謝されるようなことをやろう。」
正直、現在でも、相変わらず、感謝されたい、褒められたいと思う時もあります。
しかし、このような時は、この言葉を思い出して、初心に返るようにしています。