恭平の宿
向かいの民宿旅館の恭平は
大人になればそこを継ぐのであろう
10歳半ばでこの街に背を向けた私の鼓膜には
いまだにその健やかな答えの振動は届いてはこない
恭平は私のふたつ下
いつも飴玉の様に笑って
サイダーの様に活発的だ
紙製のインパルスに乗り大旋回
段ボールの要塞基地で立て篭もり
毎日赤い頬と痛い耳を携えては
この邪魔の少ない小さな田舎町で
遊々と駆けずりまわっていた
恭平んちの民宿旅館は
年中美味しそうな匂いを漂わせる
台所から漏れ出す魚の甘く煮込んだ彩香が
私の腹を空洞にする
木製の長い廊下は鬼ごっこの度しなりをあげ
大浴場は熱い池
空室の客間は文豪羨む静寂の寺子屋
ここでのかくれんぼは恭平は密偵の様に居なくなる
いつまでも続く新鮮さに終わりはなかった
女将さんに怒られながらも
はつらつと笑い回った
私達は木製の入り組み廊下で子供の礎を培った
今頃どうしているだろう
思えば遠くの刻の角
恭平は私を覚えているだろうか
忙しく旅館を駆けずり回っているのだろうか
それとも私の知らない魅力で
知らない顔で汗水流しているのだろうか
私がもっと人に揉まれて
しわの溝に深みが出るまで
顔なんか合わせられないと
小賢しさを恥らい拗らせ
天井の仰ぎ思い返す
無垢なまんまで会えたら泪嬉と願う