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じぶんよみ源氏物語 22 ~プロの作家とは~

空も飛べるはず

プロの作家とは、
書くことをやめなかったアマチュアである

リチャード・バック(アメリカの飛行家・作家)

本物のプロ作家とは、
お金をたくさん稼いだ者ではなく、
書き続けた者のこと。

では、なぜ書き続けられるのか?
それは明確な目的があるからです。

好きだからという単純な目的ではなく、
何かを伝えたいという衝動があるからです。
だから、ネタは尽きない。

プロの作家にとっては、
書くことは生きることと同義です。

今、私の本棚には、
小学館「日本古典文学全集」の
源氏物語があります。
ずっしり分厚い本が6冊。
学生時代の恩師は、
毎朝原文を少しずつ朗読されていましたが、
読み切るのに2年以上かかるそうです。

紫式部は、
パソコンも製本技術もない平安時代に、
なぜこの大作を書き続けることができたのか?

そう、彼女には、当時の読者である
貴族サロンの方々に対して、
伝えたいことがあったのです。

もし、売れっ子作家として、
小手先の物語を書いたならば、
ここまで長編にする必要もなかったはず。

紫式部は、自身の思想や感情を、
登場人物の言動に託して伝えたのです。


続・《消滅と再生》

引き続き「明石」巻の内容です。

須磨の浦での暴風雨の中、
住吉の神に導かれてたどり着いた明石の地。

そこで出会った明石の君は、
須磨からの脱出を導いた明石入道の娘です。

明石入道は都の出身でありながら、
播磨守はりまのかみを任されたいわゆる受領階級。
ということは、明石の君は、
「雨夜の品定め」で魅力的とされた
「中の品」の階級といえます。

ところが、
彼女はそう簡単な女性ではなかった。

明石に到着して、
やっとのことで2人きりになれた時、
光源氏は彼女にこう詠みかけます。

(光源氏)
むつごとを語りあはせむ人もがな
うき世の夢もなかばさむやと

(訳)
親しい話題を語り合える人がほしいです。
このつらい世の中の悪夢も
少しは醒めると思いまして。

明石の君は、こう返します。

(明石の君)
明けぬ夜にやがてまどへる心には
いづれを夢とわきて語らむ

(訳)
明けることのない闇夜に
そのままさまよっている私の心には
どれを夢だと知って語ればいいのか。

どこまでが本当で、どこまでが夢なのか、
私にはわからないですわ。
だから、あなたの思いを
ちゃんと話してくださいな。

と応戦しているのです。
この時の姿を、作者はこう言います。

ほのかなるけはひ、
伊勢の御息所にいとようおぼえたり

(訳)
ほのかに感じられる明石の君の様子は、
伊勢にいる六条御息所にとてもよく似ている

かつて六条御息所は物の怪と化して、
光源氏の最初の妻・葵の上に取り憑きました。
恋人である夕顔にも取り憑いています。

しかし、
明石の君に対しては違った。

明石の君は、受領階級の家柄でありながら、
優雅さと気品を兼ね備えていました。
それは、父明石入道の教育の賜物。

これまで六条御息所の魂が向けられた
女性たちの欠点を全てカバーした存在は
六条御息所の再生でもあったのです。


紫の上との関係

結論から言うと、
明石の君は、光源氏の正妻となり、
彼が栄華を誇る上で
なくてはならない存在として成長します。

そうすると、
都にいる紫の上との関係が面倒になるわけです。
ところが、最終的には、そうはならなかった。

紫の上は、なんと、
光源氏と明石の君の間に生まれた姫君を、
我が子のように養育します。

明石の君は光源氏との身分差の恋に苦悩します。
しかし、そもそも紫の上だって、
高貴な身分の家柄ではなかったのです。

だから、ある意味、
明石の君は紫の上とフラットな関係でいられた。

帝を父に持つ光源氏ですが、
高貴な家柄ではない2人を妻としたのは、
何かのメッセージです。
しかも明石の君は地方の女性でした。
それでも、この女性2人には、
主人の心を満たす優雅さを兼ね備えていました。
六条御息所のオーラでもあります。


藻塩の煙

さて、そうこうしているうちに、
光源氏に赦免しゃめんの宣旨が下ります。

時の朱雀帝すざくていが病にかかり、
春宮(皇太子)の後見人が必要になったのです。
春宮とは光源氏と藤壺の間に生まれた皇子。
もちろん、秘密は公になってはいませんが。

明石を離れることになった光源氏は、
明石の君が恋しくって仕方なくなります。

(光源氏)
このたびは立ちわかるとも藻塩やく
けぶりは同じかたになびかむ

(訳)
このたびは離れ離れになっても、
涙ながらに藻塩を焼く煙が
同じ方向になびくように、
そのうち一緒になれるでしょう。

前回の「須磨」巻同様、
ここでも藻塩が出てきました。
浜辺の哀しい情景が伝わってきます。

ところが、明石の君は、
前のように抵抗できない。
帝からの御下命だからです。

(明石の君)
かきつめてあまのたく藻の思ひにも
今はかひなきうらみだにせじ

(訳)
海女あまが集めて藻塩を焼く火のように
物思いは多いですが、今は仕方ないこと。
恨みすら申しませんわ。


光とは、反逆のこと

六条御息所は
あれほどまでに光源氏を思っていたのに、
その恋は成就しませんでした。

対する明石の君は、
この後、紆余曲折を経ながらも上京し、
光源氏に寄り添うことになります。
2人の間に姫君が生まれたからです。

この姫君は、のちの展開において、
絶大なパワーを発揮するまでに成長します。

そう、
光源氏が須磨・明石に流離したのは
この明石一族と出会うためだったのです。

作者は、
天皇の子でありながら天皇になれない光源氏が、
天皇の親になるという
論理クイズのようなストーリーを作り、
そこに向かって、
この壮大な緻密に書き続けたのです。

私には、それは反逆に見えます。
権力に対する反逆
ある特定の人物に対する反逆
それとも別の何かに対する反逆

その反逆を成し遂げるまで
この物語は書き続けられなければならなかった。

地方での経験を積んで
パワーアップした光源氏は、
再び都に戻ってどんな反逆を繰り広げるのか、

楽しみでなりません。


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