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じぶんよみ源氏物語31 ~濃い灰色に染まった2人~

高貴と庶民のあひだ

源氏物語きっての貴婦人である、
六条御息所ろくじょうのみやすどころの邸の庭には
朝顔の花が咲いていました。

一方、
河原院かわらのいんで物怪に取り憑かれた夕顔は、
「中の品」の女性。

この物語において、
朝顔は高貴な花であるのに対し、
夕顔は庶民的なイメージをもっています。

源氏物語、第二十帖「朝顔」巻のヒロインは、
文字通り、朝顔の姫君。
前の斎院です。

斎院とは京都の賀茂神社に仕える内親王で、
つまりは皇族の血を引く者。
いうまでもなく、高貴な姫君です。

ところが父が他界し、
これといった後見もなきまま、
姫君も零落してしまった。

彼女は、
高貴さと庶民性の間にいるのです。


逃げられると追いかけたくなる

一度好きになった女性は
何としてでも手に入れたい。
光源氏の癖です。

源氏は、
朝顔の姫君にも恋慕したことがありました。
父を亡くした姫君へのガードが下がった今、
若かりし恋心が再燃してきます。

ところが、
姫君は応じようとしません。
彼女には誇りがあったのです。

とりわけ、
貴婦人・六条御息所のように
源氏に耽溺するあまり、
世間の人笑へになることに警戒心がありました。


鈍色の意味

源氏は、
じつはこの時、心の深いところで
暗くて混沌とした世界を抱え込んでいました。
藤壺の死の喪失感の中にいたのです。

源氏が朝顔の姫君を訪ねた時の光景です。

暗うなりたるほどなれど、
鈍色にびいろ御簾みすに、
黒き御几帳みきちょう透影すきかげあはれに、
追風なまめかしく吹きとほし、
けはひあらまほし。

(訳)
辺りが暗くなってきた時間だが、
鈍色の簾の奥に、
黒い目隠しの仕切りの影がしみじみと美しく、
風がお香を妖艶に運ぶ様子が
この上なくすばらしい。

鈍色とは、濃い灰色で、喪服の色。
朝顔の姫君は、
父の逝去に際して喪に服しています。

源氏も
藤壺を亡くしたばかりで、喪中の身。

そう、
朝顔と光源氏の恋は、
鈍色の情景の中で繰り広げられるのです。
まるで、あの世とこの世の境界のよう。

自邸に戻った後、
源氏は姫君に歌を送ります。

(光源氏)
見しをりのつゆわすられぬ朝顔の
花のさかりは過ぎやしぬらん

(訳)
昔見た時から少しも忘れられない
朝顔のようなあなたの姿。
その花の盛りは、
もう過ぎたというのでしょうか?

一歩間違えれば
失礼な和歌にも見えますが、
挑発することによって、
姫君の心を揺さぶる意図も
あったかもしれません。

姫君も歌を返します。

(朝顔の姫君)
秋はてて霧のまがきにむすぼほれ
あるかなきかにうつる朝顔

(訳)
秋の終わりの霧深き朝、
垣根にすがりついて、
あるかないかわからないふうに
色褪せていく朝顔の花。
それが今の私なのです。

源氏は、どういうわけか、
姫君からの文を置くこともできず、
じっと見つめています。

その紙は、青鈍色あおにびいろ
そこにやわらかな墨の色。
あるかなきかの色彩。


心の空白を埋める恋

失恋を埋めるために、
次の恋を探すというのは、
今でもあることだと思います。

それでうまくいくこともあれば、
かえって失った恋が
忘れられなくなることもあるでしょう。

高貴な世界を失いつつある姫君と、
愛する恋人を失った光源氏。

心の空白を埋めたい光源氏の懸想を、
姫君は拒み続けます。

現実と空想の間に無気力があるならば、
この巻に漂う鈍色の世界は、
不安定な2人の心を染め抜いている。

私にはそう思われます。

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