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じぶんよみ源氏物語28 ~正しいことが正解ではない~

いちばん欲しいもの

光源氏は、
3人の子供を授かりました。
①夕霧(葵の上)
②冷泉帝(藤壺)
③明石の姫君(明石の君)

これは、かなり複雑で、
②の冷泉帝をはじめ、
隠し子的な存在もあって、
けっこうドロドロしております。

何が言いたいかというと、
いちばん欲しい女性との間に、
子供ができなかったということです。

その女性とは、紫の上。

光源氏が生涯をかけて愛した
彼の正妻と言ってもいい人。

このことが、
物語ではとても重要な意味をもちます。

ホームシックの美しさ

さて今回は、
第十八帖「松風」の巻です。

光源氏は、
流離の地・明石で出会った明石の君を
新築した二条東院に呼び寄せます。
二人の娘・明石の姫君を
いずれ皇后にしたかったのです。

ところが、明石の君は躊躇します。
もし都に出れば、
身分差の恋がますますつらくなるという
危惧があったからです。

そこで父の明石入道あかしのにゅうどうは、
都に入る一歩手前の大堰おおいの邸を
娘が住めるように修理します。

明石の君を入内させたいというのは、
父の宿願でもあったのです。

大堰といえば、
嵐山の渡月橋のある、
今では人気の観光スポットですね。

明石の君は、
第一段階として、
都に入る直前の美しい土地で、
都人になるための
準備をすることになったのです。

住み慣れた故郷を離れるに際して、
彼女は寂しさで胸が詰まらせます。
明石入道でさえも、
愛する娘との別離に涙します。

(明石入道)
ゆくさきをはるかに祈るわかれ路に
たえぬは老のなみだなりけり

(訳)
我が娘の将来を遥かに祈るこの別れに、
とめどなく流れるのは老いの涙なのだ

ところが、
これから始まる新しい生活は、
神様に見守られていることが示唆されます。
風が吹いてきたのです。

思ふ方の風にて、
限りける日違へず入りたまひぬ。

(訳)
思い通りの風が吹いたので、
予定していた日に大堰にたどり着かれた。

そう、風。
光源氏が須磨に流れ、
そのあとで明石に移ったのも、
風の後押しがあったからこそ。

風は、神の手。

住吉の神様は、
ずっと二人についているのでしょうか?


松風は、待つ風

大堰は明石の浦によく似た風情で
場所が変わった気もしませんでした。

しかし、
肝心の光源氏からの音信がありません。
せめてもの慰みにと、
明石での別れ際に
光源氏が再会を誓って渡してくれた
形見のきんをかき鳴らします。

秋の気配が寂しいので、
松風がきまり悪いくらいに音色と調和して、
待つことがつらくなるばかりです。

じつは光源氏も、
明石の君と再会して
姫君をこの目で見たい一心でした。
ところが、隣に紫の上がいたのです。
彼女のご機嫌をとりながら、
嵯峨野に作っている御堂の視察を口実に、
なんとかして都を抜け出そうと機を伺います。


光量を増した光源氏

明石の君の前に現れた光源氏は、
以前にも増してまばゆいばかりでした。
光源氏は、姫君を見て、
この子の将来は素晴らしいものになるという
予感を抱き、可愛さもひとしおでした。

光源氏と明石の君は再会を喜び合います。

夜一夜、よろづに契り語らひ明かしたまふ

(訳)
一晩中語り明かし、体を重ねて愛し合われた。

松風が、二人を再び結びつけたのでしょうか。

自分は別格だと思いなさい

となると、
あとは紫の上との関係です。

不機嫌な紫の上に気づかぬふりをして、
光源氏はこう言います。

なずらひならぬほどを思しくらぶるも、
わるきわざなめり。
我は我と思ひなしたまへ。

(訳)
比べようもない相手と自分を比べるのは、
悪いことのようですよ。
自分は別格だと思ってください

それでも紫の上は、
打ち解けようとしません。

光源氏は、思い切って、
明石の姫君の話を持ち出しました。
「じつは可愛い姫君が生まれてしまった」
「あなたに育てて欲しいのだ」

今の感覚で言うと、
直ちに離婚調停が始まる案件ですが、
この物語の登場人物の価値観は、
想像を超えています。

子供のいない紫の上にとっては、
たとえ別の女性の子供であっても、
可愛いものだったのです。

うーん、
でも、複雑ですよね。

「産みの母」である明石の君と、
「育ての母」である紫の上

二人の「母」をもつ
明石の姫君の物語がここから始まります。

風は、ずっと吹いているようですね。



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