じぶんよみ源氏物語25 ~こだまでしょうか~
人は怖いもの
地元の中学生の方々と
交流する機会がありました。
たくさんの質問をいただいて、
中学生パワーに圧倒されました。
「学校をもっとより良くするために
リーダーシップを身につけたいのに
他人の目が気になって怖い」
という声も上がり、
思春期を生きる瑞々しい感性に、
刺激を受け取りました。
何でも先進的なことをやろうとすると、
周りからの視線にさらされるのは、
どこでも見られる光景です。
それが、面白いことに、
それを最後までやり切ったら、
人々の評価も変わってくるもの。
だから、
質問を頂いた中学生の方には、
「味方をたくさん増やして、
失敗を恐れずに前進したらどうですか」
とお返ししたところです。
とはいえ、
中学校を卒業して、
活動する世界が広がると、
さらに世の中は複雑になります。
かつて味方だったはずの人が、
離れていくこともよくあります。
そういう意味では、
たしかに人は怖いものでもありますね。
源氏物語第15帖「蓬生」巻では、
かの赤鼻の姫君・末摘花が再び登場します。
光源氏からの連絡が途絶えた後、
彼女の周りから
仲良くしていた人がどんどん離れていく
そんなリアリティあふれるお話です。
叔母からの嫌がらせ
まず離れていくのは末摘花の叔母です。
末摘花の父は常陸宮で皇族の血筋。
叔母は身分を落として
受領階級の妻になっていました。
とはいえ、受領階級の人は
地方の産品の管理ができるため
裕福な暮らしができます。
叔母は、身分よりも実利を選んだのです。
末摘花の母は、過去に叔母に対して、
一族の面目を下げたと侮蔑した、
その恨みが残っていました。
(叔母)
いかでかかる世の末に、この君を、
わがむすめどもの使ひ人になしてしがな
(訳)
これまでの仕返しとして、
家運が滅びるのを良い機会に、
この姫君を自分の娘たちの召使に
したやりたいものだ
夫が太宰府の受領に就任したのを機に、
叔母はそう企みます。
末摘花は考え方が古いところがあるが、
実際は安心できる世話役になるだろう、
と思って太宰府への同行を誘いますが、
末摘花は全く応じません。
今や末摘花の屋敷はさらに荒れ果て、
狐や梟の住み処になっていました。
木々や雑草が生い茂り、
木霊が出るのではないかという雰囲気。
木霊とは、木々の精霊のことです。
末摘花はそれでも誇りを忘れず、
邸を守り抜きます。
(末摘花)
かく恐ろしげに荒れはてぬれど、
親の御影とまりたる心地する
古き住み処と思ふに、慰みてこそあれ
(訳)
こんなに恐ろしげに荒れ果てているけど、
父母の魂がとどまる雰囲気のある
昔からの住み処と思うと、慰められるのです
そんな彼女の希望とは
末摘花は、
光源氏の再訪を
ひたすら待ち続けていました。
光源氏が須磨・明石から戻ってきて、
世間の歓迎ムードも感じていました。
しかし叔母は、
それ見たことか、こんな落ちぶれた姫君を、
誰がまともに扱ってくれるものかと思い、
どうにかして召使にしようとします。
そのうち、周りの女房たちでさえも
叔母になびきはじめます。
それでも末摘花は誘いに応じません。
(末摘花)
わが身はうくて、
かく忘れられたるにこそあれ、
風のつてにても、
わがかくいみじきありさまを
聞きつけたまはば、
必ずとぶらひ出でたまはん
(訳)
私の身は恥ずかしいほどに落ちぶれて、
こうやって忘れられていても、
風の便りにでも
私のこんな惨めな様子を聞かれたならば、
必ず訪ねてくださるはず
彼女は光源氏を信じて、
心を強くして耐え忍んで暮らしていました。
更なる追い討ち
ところが、
末摘花が最も頼りにしていた侍従が
叔母と共に太宰府に行くことになりました。
彼女は叔母の主人の甥と
恋仲になっていたのです。
叔母は侍従の同行に乗じて、
言葉巧みに末摘花を連れて行こうとしますが、
それでも彼女は動きません。
(末摘花)
かうながらこそ
朽ちも亡せめとなむ思ひはべる
(訳)
ずっとこのまま朽ち果てようと思います。
末摘花は、侍従との別れに際して、
声をあげて泣きました。
結局、信じるものは救われる
寒い冬を越え、四月になりました。
今やすっかり
高級官僚としての雰囲気をまとった光源氏は、
ある夕月夜、花散里を訪ねる途中、
森のように鬱蒼とした邸の前を通りました。
あれ? 前にも見たことがある木立だな。
(光源氏)
たづねてもわれこそとはめ道もなく
深きよもぎのもとのこころを
(訳)
探り当ててでも、私は訪問しよう。
道もないほど深く生い茂った宿の、
昔と変わらない姫君の心を
かくして、末摘花は、
宿願である光源氏との再会を果たします。
光源氏はこう言います。
都に変りにける事の多かりけむも、
さまざまあはれになむ。
(訳)
都ではたくさんのことが変わったけど、
様々に心に沁みることもありました。
光源氏は自らの苦労話を話しましょうと、
末摘花に言います。
静かに身じろぎする末摘花の姿を見て、
昔よりも大人びた雰囲気を感じとります。
花散里という女性は、懐かしさの象徴。
そこに通う途中に目に入った末摘花の邸。
末摘花は昔と変わらない強さの象徴。
世の中の変化にともなう、
人の心の変化に、
光源氏も様々な思いを抱いてきました。
末摘花の生き方は、
そんな光源氏の心に、
何かしらの勇気を与えたはずです。
自分のことを一番わかって欲しい人が、
最後にはわかってくれる。
それより、
叔母たちに散々に愚弄された末摘花の邸。
光源氏を呼び止めたのは、
そんな荒れ果てた木々でした。
木霊(木の精霊)は見ていたのかもしれません。
時代に流されずに、自らの信念を貫く、
末摘花の姿を。