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土着品種への溢れる愛情、イタリアワイン極意の書
Vol.047
イタリアワインの本質を見抜いた、ひとりのソムリエが他界してから5年が経ちました。ワイン業界では知らぬひとはいない、内藤和雄さん。享年54。
その内藤さんが、生前、雑誌『料理通信』で連載したワインコラムをまとめた書籍を、今回フィーチャーします。2022年に出版されましたが、主は、ことあるごとに目を通しています。ヴィーノサローネが追い求めるイタリアの土着品種について、内藤さんは愛情をたっぷりと注いでいるからです。
書名は、『土着品種でめぐる イタリアワインの愛し方』。帯には、「旅するようにイタリアワインを味わい尽くす本」とあります。
これだけで本の内容が思い浮かびそうですが、まさに、北から南までイタリア20州を回り、78品種のブドウに着目。歴史的な背景もふくめ、味わいや特徴をこと細かく、まるで、いま目の前にワインがあるかのように書いています。
たとえば、このように読めるでしょう。
ワインの名産地、ピエモンテやトスカーナ州のブドウが気になれば、ネッビオーロやサンジョヴェーゼを探せばいい。島のワインに挑戦するなら、シチリアやサルデーニャのページをめくればいい。
一話完結のエッセーだから、どこからでも読める。とかく、ワインの本はブドウ栽培や発酵といった、順序立てて学ぶ気構えでないといけないような、緊張感があるものが多い。産地の情景まで浮かぶ内藤さんの文章は、まったく勉強を意識することなく、ワインやブドウの知識がすいすい頭にしみ込んでくる。
イタリアワイン最高のソムリエといわしめた内藤さんは、人知れず名文家だったのです。
郷土料理の紹介も充実しています。
土着品種と相性のいい地元の料理は、決して豪勢ではなく、そこに住むひとたちが毎日食べるさもない料理。これがまたいいんです。自然光で撮影した写真から、現場の臨場感が漂います。
主が最も親しみのある土地が、南イタリアのカンパーニャ州。州都はご存じナポリ。当地の代表的な土着品種は、ファランギーナ。白ワイン用のブドウです。あわせる料理は、シンプルなピッツァ。トマトソースにニンニクとオレガノだけの「マリナーラ」を紹介する一編で、ピッツェリーア(ピザ専門店)が出した白ワインが、なんと、アルコールが飛んだ気の抜けた味だったそうです。
内藤さんは「これはまるで、地元の洗礼を受けたかのようだ」と。
ワインの感想でありながら、人懐っこくも、ひとたらしなところのあるナポリ人や、クラクションの音が絶えない猥雑な街を、ひとことでいいあてた、鋭い一文。これには、しびれました。
一説には、2000種以上もあるといわれるイタリアの土着品種。一つひとつ未知なるブドウに近づくための、極意の書となる一冊です。
次回の“ディアリオ ヴィーノサローネ”に続きます。