執着すればするほど、遠くなる
先月、京都アニメーションの「ツルネ」について書いてから、あっというまに半月たってしまいました。早い。。
もともと「ツルネ」の劇場版が2022年に公開されると知って、嬉しくて書き始めた記事ですが、せっかくだから弓道の紹介に関連させて、「弓と禅」「日本の弓術」の著者オイゲン・ヘリゲルのことも書こうと思ったのが間違いでした。
それを書くとなると内容がぐっと深くなってしまって、もうまとめるのにえらい時間がかかりそうなので、また別に投稿しようかと思います(笑)。
前回の記事を書いたあと、ヘリゲルの「弓と禅」を図書館で借りました。
オイゲン・ヘリゲルはドイツの哲学者で、Appleのスティーブ・ジョブズが、彼の著書「弓と禅」を生涯の愛読書としていたという話が広まったので、本を手にとった方は多いかもしれません。
私はヘリゲルの「日本の弓術」を確か学生時代(もしくは卒業後だったか)に読んでいましたが、ジョブズがヘリゲルの本を愛読していたなんて思いもしませんでした。
ヘリゲルは1924年(大正13年)東北大学に招かれて、夫人とともに5年間日本に滞在します。その間、弓聖といわれた阿波研造という人の弟子になり、弓道を習った経験を帰国後講演し、それをまとめたものが「日本の弓術」(1941年)という本で、「弓と禅」はその4年後に出版されています。
〝弓道の書というより、禅の何たるかを描いた書”として欧米では読まれているそうです。
ちなみに「弓と禅」の「禅」は、「意識を超えた無心の行為」をそう表現しているのだそう。
ヘリゲルが日本の「道」のなかで弓道に興味を持ったのは、長年射撃の訓練をしたからそれが役に立つだろうと思ったということですが、それはとんだ勘違いです。
西洋人的な〝自分が意志を持って何かをやる”という態度は、まったく邪魔になってしまうのですね。
「ツルネ」のなかで印象に残るセリフがいくつかあるのですが、そのひとつが
「執着すればするほど的は遠く、小さくなる」
という言葉。
試合中相手を意識して、当てなければとアセればアセるほど、どんどん崩れて自滅していくのです。
「弓と禅」の中で、阿波研造がヘリゲルに同じようなことを言っています。
「正しい道は」と師は大きな声で言われた。「目的がなく、意図がないものです。あなたが、的を確実に中てるために、矢を放すのを習おうと意欲することに固執すればするだけ、それだけ一方もうまくいかず、それだけ他方も遠ざかるのです。あなたがあまりに意志的な意志を持っていることが、あなたの邪魔になっています。意志で行わないと、何も生じないと、思い込んでいます。
「意志で行わないと、何も生じないと思い込んでいる」というのは、弓道に限らず、いろいろな場面でそう思ってきたなあ、と思います。
これを読んで、最近聞いた「Let it happen」という言葉を思い出しました。
自分が起こすのではなく、起こるに任せる、起こるのを許す、ということでしょうか。
自分が自分の中心にいれば、それは起こってくる、ということですかね。
「的を狙うな」という教えの前に、自分が狙わなければ「誰が」的に中てるのかというヘリゲルの葛藤に、“西欧の徹底した合理的・論理的思考”と、“日本の非合理的・直感的な思考”との対比がみえて、とても興味深いのでした。
写真は、東京の小山弓具店の直心(じきしん)という弓です。もうずいぶん長いこと引いていませんが、手元に置いてあります。