ほんの少し,まだある。
コップにあと一口ぶん残った紅茶。
そうだ,家を出る前についで,飲みきれなくて残して出かけたんだった。
きっと実家にいたなら怒られていただろうその怠惰を,そっと隠すようにシンクに沈めた。
1人で暮らすことをやめられないのは,この怠惰が許されるからという理由抜きには語れない。どうしてなのか,私はペットボトルのコーヒーもジャムの瓶も,ほんの少しだけ残してしまうのだ。
捨てるにはもったいないと思うくらい,ほんの少し。
無くなるのが嫌なのか,飽きてしまうのか,自分でもよくわからない。
けれど,残り一口になったそれらは,大抵の場合二度と口に入ることはなく,そのまま捨てられる運命にある。
もったいないなことをしているな,と思う。いや,本当に。
でもどうしても,からっぽにできないのだ。
私の周りにはいないけれど,どうやらそういう人は少数ながら一定数いるらしい。その事実を知ってほっとした記憶がある。
行儀が悪い,と叱られ続けた仲間がこの世界のどこかにいるということが私をひどく安心させた。それと同時に,世の中の大半の人はそんなことをしないという事実もまた,私を落胆させることになった。
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多分,まだあるという安心感が欲しいだけなのかもしれない。
もうないという事実は悲しいから。
また買えばいいと頭ではわかっているが,それでもまだある,の方が嬉しい。
終わることは好きなのに,なくなるのは悲しいなんて随分勝手だ。
でも,なくならないようにほんの少しだけ残していくのは,いかにも私らしいとも思う。まだあると思えたらそれだけでいい。
本当にはなくてもいいのかもしれない。
白黒はっきりつけず,グレーの世界の中を漂うように生きていきたい。
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