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その手があったか

へろへろの状態で向かった先はコインランドリーだった。
家の近くにある、決して新しくはないコインランドリー。
この部屋に引っ越してきてから3年半。
あるのは知っていたけれど、一度も入ったことはなかった。

勝手がわからないので、とりあえず伯父の洗濯物を中にいれてみる。伯父の洗濯物のほとんどはバスタオルとフェイスタオルなので、それなりの重さになるので、真ん中のコースを選択。
1000円札を入れようとしたら入らなくて、両替しなきゃなぁと思って横を見たら両替機があった。

おおお。
これは至れり尽くせり。
外に自販機があったからジュースを買わないとダメなのかと思っていた。
よくできたシステムだなぁと感心しながらスイッチを押した。

しかも、終わったら通知してくれるサービスまでついているとのこと。
待ちぼうけせずに済むのは非常にありがたい。
これまで洗濯は自分の家でするものだ、という固定概念が抜けなかったが、お金で時間を買っていると思えばそんなに高くはない買い物だ。
むしろ、天気が悪い時にバスタオルを何枚も乾かすのは大変なので、乾燥機までついているコインランドリーの方が優秀だなと思う。

完全に食わず嫌いだった。
というか、そもそも頭にもなかった。
使えるものは何でも使えと常日頃から言っているのに、灯台下暗し。
案外自分では気づけないものだ。

おかげでゆっくりご飯を食べることができた。
疲れるとご飯を食べることを後回しにしてしまうけれど、今私まで倒れるわけにはいかないので、無心で食べる。食欲はなくても、口にすれば入るのだからとりあえず食べる。栄養バランスを気にしている余裕はないので、何でもいいやと思っている。

とにかく食べて眠れていればなんとかなる。
これが私の持論だ。

♦︎

通知を聞いて洗濯物を取りに行く。
ふかふかになったタオルが待っていて心からホッとした。
自分ではない誰かに助けてもらえるありがたみを痛感している。
こんなに手軽に使えたのなら、もっと早く使えばよかった。
でも気づいたのが今でよかった、とも思う。

伯父の入院生活はまだまだ長い。
この先数ヶ月、その先のことも考えると今気づけたことで、今後は労力の短縮になるはずだ。やはり使えるものは何でも、誰でも使おう。
その精神でなければ介護は詰む。

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小春ゆら
そのお気持ちだけで十分です…と言いたいところですが、ありがたく受け取らせていただいた暁にはnoteの記事に反映させられるような使い方をしたいと思います。