トルストイの国 愛すべき隣人たち ④ 冬のウラジオストク編 Ⅰ
再びその日はやって来た。
夏に続いて二度目のロシア渡航、
2014年から15年への年越しをウラジオストクで迎える事となっなた。
真冬のロシアといえば、気温マイナス何十度!? とかをイメージするけれど、実際はどれほどなのだろう?
判っているのは海が凍るほど寒いと言う事だ。
先生によれば部屋の中はセントラルヒーティングで暖かいらしく、内と外の温度差が凄いらしい。
なので、出発までに耐寒用のアウトドアウェアを靴から帽子まで一式揃えた。
今回お世話になるレイナのご両親に手渡すお土産もたっぷり用意。
ただ、二人は先生と違って英語も日本語も通じない。
しかも丸一日共に釣りをするのだ。
相変わらず自分のロシア語はヘタレのままだが、なんとかなるでしょ…
そんなこんなで慌ただしい年の瀬の12月30日、家の片付けもそこそこに、成田からウラジオストクへと飛び立った。
機内にて
飛行機の中でロシア語の教科書を開いていると、隣のロシア人から声をかけられるのはよくあることだ。
「どこへ行くの?」
「仕事ですか?それとも観光?」
などなど、老若男女の別なく話しかけてくる。
今回の隣のおじさんもそうだった。
どんな内容だったか定かではないけど、カタコトながら日本とロシアの話で盛り上がり、
「着陸の時に緊張するだろ? だから一杯飲んどけ」
と、いつぞやと同じくポケット瓶のウイスキーを飲まされた。
これってお約束なんだろうか?(笑)
因みにロシア国内の旅客機は禁酒のハズである…
さて、空港に到着後、外に出るとそこは日本とはまるで別世界だった。
遅い便だったので、とっくに日は落ちている。
経験したことのない強烈な寒さが足を伝わり上ってきた。
おそらくマイナス20度位だろう。
今回はハイヤーさんを頼んでないので、列車で中心地のウラジオストク駅まで行かねばならない。
が、切符の買い方が解らない。
Извините, пожалуйста. Я хочу купить билет в центр. Можно ?
「すみません、中心街への切符を買いたいのですが、お願いできますか?」
と、近くの警備員さんに声をかけたら親切に方法を教えてくれて、無事にウラジオストク駅へとたどり着いた。
夏にも泊まったプリモーリエホテルは、そこから歩いて数分の所だ。
ぎこちなくチェック・インを済ませて部屋に向かうと、確かに中はポカポカで一気に汗が吹き出した。
おそらく内と外の気温差は40度以上(もっと?)あるのだろう。
その後は年末の仕事の追い込みや家の掃除の疲れなども相まって、ベッドに突っ伏したまま翌日まで敢え無く爆睡となってしまった。
ロシアの年越し
目が覚めるともう大晦日。
外国での年越しは初めてだけど、どんな雰囲気なんだろう。
そういえばロシア正教会のクリスマスは年明けの1月7日らしい。
たった一時間の時差でも、いろいろ違うもんだなあ。
釣りに行くのは年明けの3日だし、まだ時間がある。
せっかくだからロシアの正月気分を存分に味わう事としよう。
と云うわけで、昼の間は疲れを取り、日が暮れてから出かけることにした。
中央広場にて
そこにはとても大きなクリスマスツリーが立っていて、既にたくさんの人々が新年を迎えるために集まっていた。
年越しとクリスマスが重なった不思議な雰囲気だ。
ここは極東であり、モスクワのような派手さは無いかもしれないけど、地元の人たちの素朴さの中には温もりが感じられ、寒さがそれをより一層引き立てているような気がした。
なんとも言えない居心地の良さがじんわりと心に滲みてくる。
日本の初詣のようにかしこまった感じがしないのも良い。
そこにいるだけで顔がほころんでしまい、リラックス出来るのはなぜなのか?
ひょっとすると自分の「前世」が関係しているのではないか?
そんな思いも自然と浮かんでくるのだった。
ニューイヤー
元日は穏やかな快晴に恵まれた。
寒くても中央広場は相変わらずの人出だった。
せっかくだから、夏とは違う場所も散策してみることに。
今年の初詣は神社では無く、壮麗なパクロフスキー教会にてこの一年の平安を祈願した。
他にも街中を散策したおかげで、こちらの寒さにも徐々に慣れてきたようだ。
でも、道の至るところが凍っていてしょっちゅう転びそうになるから要注意。
こうしてウラジオストクの夏と冬、二つの表情を見ることができた。
結果は大満足、この街がとても好きになってしまった。
さあ、次は先生のご両親と釣りに出かける約束だ。
どんな方たちなのか、お会いするのが楽しみで仕方ない。
また、どこでどんな魚が釣れるのかも釣りバカとしては気になるところだ(笑)。
ヲタク同様、釣り人にも国境は無いと信じているから、きっと良い交流が出来るに違いない。
そうした期待と少しの不安に年甲斐もなくドキドキしながら、一人ホテルでその時が来るのを待ちわびるのだった。