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ネコな朝
ダウンジャケットを着込んだはずなのに、
襟元や、袖口から入り込む冷気は、
私の口元からの白い呼気が全てを表していて、
明け方のみなとみらいの景色もまた、
夜を遠い昨日に押しこんで
朝を迎え入れる準備をしている。
誰もいない住宅街のコンクリートには、
足音だけが、遠慮がちに響いて、
静けさをさらに際立たせていく。
無機質な命が感じられない朝、は、
冷たくって仕方がない。
にゃーん。
そんな空気を切り裂いて
久々の出会いに、
私は、あからさまに吐息の色を変える。
彼は、(彼女かもしれない)音も出さずに、
私の目の前に飛び出して、
ころりとした体で私の行く末を遮り寝転んだ。
茶色いのか、黒いのか、まだらという模様はなんでこんなにも愛おしいのだろう。
自分の着ている衣服なんて、
周りの人には関係がないよね。
暖かければ良いもの。
私は、こんなことを呟きながら、
まだ少しだけ電車には早い時をスマホで確認して、彼の寝転ぶ目の前で、
一緒になってうずくまる。
「寒いね」
ころころころころ
なんとなく喉を鳴らして、
じっと寝そべりながら
見あげるまだらな彼は、
目を逸らすことはしなくて、
私も彼から目を離せなくって、
まだ触れてはいけないだろう?と、
彼の背中を眼差しだけでなんとか愛おしさを伝える努力をした。
大丈夫、私は勘のいい人間だから。
彼は何も言わないけれど、
道の真ん中で、
冷たいコンクリートも、
悪くないよって、
まだらを擦り付けるようにころりと
手足を伸ばす。
随分と世の中に晒された毛並みは、
普段の普通を歩む彼の強さがあって
その一本一本を撫でながら
両手で抱きしめたくなってしまう。
私はそんな彼のことを見つめながら、
早起きも悪くないなぁって
痺れた足を伸ばして立ち上がって一緒になって
伸びをする。
「またね。来てくれてありがとう。」
私は冷たいコンクリートを、
ぺたんぺたんと音を響かせて歩き出す。
帷子川は、今日も、忙しない。
始まりも、終わりもなくて、毎日を流れている水流は、淡々と言う言葉がよく似合う。
後ろを振り返ると、彼の姿はもうなくって、
自惚を隠すように私は笑う。
瞼に陽の光が、追いかけるように馴染んでいく。
朝が来た。おはよう。
誰かに、そう言いたくなって、私は坂道を駆け降りて、今日も会社に向かう。
そんなネコな朝は、
いい1日になりそうな予感を私にささやいた。
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