用はないのに書店に行きたくなる
ほしい本や気になる本がなくても、外出先で書店を探しがち。時間を潰すのも書店、時間が潰されるのも書店。
定期的に通わないとむず痒くなるというか、本に囲まれないと物足りないといいますか。飲まなきゃやってられないぜ!の気持ちに近しいと思います(お酒を飲まないので想像です)。
ぼくが行きたい!と思える場所が少ないことも関係しています。洋服店は必要に駆られない限り行きませんし、雑貨屋も行かないです。
行く場所と言ったら、書店以外だと、アニメイトとかメロンブックスといった、オタク向けのお店ばかり。あとは、趣味のコーヒーが楽しめるスタバをたまに行くくらいです。
書店以外に共通していることは、行く目的があるということ。服を買うから洋服店に、生活用品を買うからニトリや無印良品に行っています。
趣味のコーヒーでも、コーヒーを飲みたいからスタバに行っています。いつか、通い詰めのコーヒー店を見つけたいです。
唯一、無目的で向かう場所が書店です。さらに無目的であっても、何時間でも滞在することができます。
実家にいた際は、両親が買い物をしている2時間くらいの間、ずーっと書店内をうろうろしていました。しかも、近所の大型ショッピングモールでよく行っていたので、見慣れた棚しかありませんでした。それでもずーっと徘徊していられるくらいには、書店に入られました。たぶん、書店の方から「あの人、まだいるよ……」と不気味がられていたことでしょう(笑)
なんでそんなに飽きもせず書店にいられるのか、またまた、無目的で書店に行こうと思えるのか。
それはやっぱり、書店の雰囲気が好き、強いては本が好きだからだと思います。
本に囲まれているのを実感でき、紙の匂いに包まれることができのは、書店しかありません。豪邸に住めれば同じことを味わえますが、現実的に難しい……。もし仮に、万が一、住めたら、本だけでなくフィギアも棚いっぱいに飾りたいですね!
これがいつの日か(若しくはもう実現しているかも?)、プロジェクションマッピングのように棚いっぱいに本を投影でき、選択した本がそのまま読める未来があるかもしれません。
だけど、紙の本が放っている物質的な重さは、味わえないです。プロジェクションマッピングで投影されたものを見ても、そのものが本来持っている雰囲気までは伝わりません。「重そう」とか「熱そう(厚そう)」のボヤケた質感しか分かりません(プロジェクションマッピングにある技術の凄さは伝わってきます)。
文字どおり、物理的に本に囲まれる場所は、書店だけです。ということは、無目的で行っている訳ではないのかもしれません。