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きっかけ

19歳、大学1年生の11月、私は初めて心療内科を受診した。 
 
きっかけは2歳下の妹だった。 
妹はその年の秋から小児うつ病の治験で心療内科に通っていた。 
 
そこで妹と一緒にうつ病についての説明を受けた母が、「これうさぎのことじゃない?」と受診を勧めてくれたおかげで、私は現在通院し治療することができている。 
 
当時の私は、自分がうつ病だとは少しも思っていなかった。 
 
朝動けない、すぐ疲れる、自己肯定感が低い。 
 
たしかにネットでうつ病診断をすれば「うつ状態」と結果は出たが、ネットの診断は大げさに書いているのだろうと思っていたし、想像するうつ病と自分の状態は全く違っていたので自分は違うと謎の自信を持っていた。 
 
心療内科に通い始めた当初も、自分の状態を医者に説明はしたけれど軽いうつ状態くらいにしか思っておらず、医者からもお薬1週間分出すので来週また来てくださいとしか言われなかったため、自分は違うのだと甘く考えていた。 
 
今思えば、この時点で対策をしておけばそこまでひどいうつ状態にはならなかった気がする。 
 
当時の私は、大学で保育士資格、幼稚園教諭免許、小学校教諭免許の三つを取ろうと考えており、平日は朝から夕方まで授業でパンパンだった。 
 
高校の頃から始めた個人経営の寿司屋のアルバイトは、「学生は平日の昼間働けない分、土日は朝から晩まで入らなくてはならない」という独自のルールがあり、私は平日は夕方から、土日は朝から晩まで働いていた。 
だいたい週4~5日ほど入っていたように思う。 
 
私には休みがなかった。 
それでも「皆このくらいのことはこなしている」と思い込み、授業もアルバイトも全力でこなしていた。 
 
きっとこの時点で、私のこころのコップに溜まった水は表面張力でふちギリギリだったのだろう。 
この後些細なことで決壊し、溢れ出してしまうことになる。 
 
たぶん、きっかけはアルバイト先での悪口だったように思う。 
 
比較的長い年数働いている人同士で集まった際に、急に社員さんや先輩たちが自分が嫌いな仕事仲間の話をし始めた。 
 
自分が嫌いな、とはいうものの皆の意見はある特定の誰かの悪口に集中していた。 
その人は、すごく全力で頑張っているけれど要領があまり良くなく上手くいっていないタイプの人だった。 
 
私は別に嫌いではなかった。 
むしろ、頑張りが報われればいいなと思っていた。 
 
その寿司屋は働いている人のほとんどが30代~中高年で、私には大の大人が皆で特定の誰かの悪口をいっている状況が理解できなかった。 
 
「仕事仲間の悪口を言ってもしょうがなくないですか。」 
 
思わず口から出た。 
それに対する返答は、 
 
「大丈夫大丈夫、私たち大人だからその人の前では普通にするよ。」 
 
という、いったい何が大丈夫なのかわからないものだった。 
 
私は悪口が嫌いだ。いじめが嫌いだ。皆で1人を悪者にして仲良くいようとする空気が嫌いだ。 
 
人の悪口を言い合っていると、自分のいないところでは自分の悪口を言っているのではないかと不安になる。 
一人の悪者を作ってできた仲間は、次は自分が悪者役になるのではないかと心配になる。 
 
私が悪口を言わないのは、他人を傷つけないためでも自分を守るためでもある。 
悪口で一致団結する仲間の中にいることは、怖かった。 
 
その件から少しずつ、アルバイトに行くことが嫌になっていった。 
それと同時に、体調は悪化していった。 
 
朝起き上がることができない、体が思うように動かない、食事が進まない。 
夜眠れない、勝手に涙が出る、なぜ生きているのかわからない。 
 
今までギリギリで保っていた心の中のコップが、溢れてしまったのだと思う。 
 
最終的に、なんとか取り繕って行っていたアルバイト中に急に動けなくなって涙が止まらなくなり仕事ができなくなったため 
 
「病気になって、医者にアルバイトはやめて休息したほうがいいと言われたので、しばらく休ませてください。」 
 
と伝え、早退することになった。 
 
それから現在まで、そのアルバイト先には一度も行っていない。 
というか、行くことができなかったというのが正しいかもしれない。 
 
私は寿司屋でのアルバイトを休み始めてから、その近くに行くことができなくなった。 
その寿司屋は最寄りの駅から15分ほど歩いたところにあるのだが、最寄りの駅に近づいただけで過呼吸のようになり涙が止まらなくなった。 
寿司屋で働いている人に会うのではないかと、外出することが怖かった。 
 
そんな私も、今では普通に最寄りの駅を利用できるようになった。
寿司屋に近寄ることはできないが、日常生活で問題ない範囲には行動できる。
 
早退してそのまま行くことができていないので、寿司屋の制服はまだ私のクローゼットの奥に眠っている。
いつか返しに行くことができたら、その時はまた一歩成長できるのかもしれない。
が、まだその時ではないように思う。
 
うさぎ


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