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ななめよみ詰所その6 ケルト幻想物語


「ケルト幻想物語」W.B.イエイツ編 井村君江 編訳 ちくま文庫


 文庫版訳者あとがき からすこし

~の話などは、幼いイエイツの心を異教の神々や超自然のものたちと自在に交流する神秘な古代人の魂の世界に触れさせ、超自然の世界へ誘ったようで、ある時期かれは真剣に呪術や魔法を使える人になろうと思っていたようである。こうした心の傾向が、後年一方では口碑伝承の採話記録と編纂の仕事へ、一方では心霊学や神智学テオゾフィの興味へと向いていき、この方面でも晩年の妻の自動記録オートグラフを基にした「ヴィジョン」など有意義な著書をあらわしたことは容易に肯けてくる。従ってイエイツの民間伝承物語の蒐集編纂は、たんなる民俗学者フォークロリストの仕事ではなく、アイルランドの土地や自然への愛、土着の人々や自分の民族的ルーツを見つめようとする必然からの営為だったといえよう。
 一鉢のミルクを捧げ土や水の神、豊穣の神として妖精を崇め、妖精学者の忠告を信じてきたアイルランド農民たちの土着信仰の基には、自然は霊的な力を持つという汎神論、霊魂不滅や転廻・転生を信ずる心が覗える。太陽や星など天体の運行、四季の移ろい、悠久の円環の動きを崇拝し、全ての霊はこの軌道と同じサイクルを辿るとみるのは、民族の別を越え、原始の人たちが持っていたおおらかな心である。「未開人の方がわたしたちよりも、神秘的な力をはっきり生き生きと、すべての点でもっと容易にかつ充分に、感得していたことは確かである。物事を受けとって考える生活を、遮断し駄目にする都会生活や、他から離れ孤立して動く心を助長させる教育は、わたしたちの魂の感覚を鈍らせている」と、十九世紀文明社会の現象に対するイエイツの警告に、もう一度耳を傾ける必要があろう。昔、空から吹く風にむき出しになっていたわたしたちの魂は、この現代社会の中では厚い衣で幾重にも被われてしまっている。その衣をぬぎ、しばし原始の世界に生きていた幻想界の住人たちと、親しく交わる必要を感じているのはわたしだけであろうか。~~         一九八七年六月十二日   東京にて




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