見出し画像

【読書ノート】78『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』永濱利廣

著者はエコノミスト。長期間にわたって「低所得」「低物価」「低金利」「低成長」に苦しむ日本経済を分析。著者やアメリカのサマーズ元財務長官などが主張しているように、デフレ脱却には金融政策だけでなく適切な財政政策と減税が必要なことをわかりやすく説明している。(金融緩和は十分だったが積極的な財政出動が行われておらず、数回にわたる消費税の増税が消費を冷え込ませた)。アベノミクスは部分的に評価している。日本の財務省が頑なに主張する「日本の政府債務は危機的」という考えがいかに誤りであるか説明している。近年の日本の財政を理解する入門書としてお薦め。

目次
第1章 日本病―低所得・低物価・低金利・低成長
第2章 「低所得」ニッポン
第3章 「低物価」ニッポン
第4章 「低金利」ニッポン
第5章 「低成長」ニッポン
第6章 スクリューフレーションの脅威―1億総貧困化
第7章 下り坂ニッポンを上り坂に変えるには?


以下気になった個所を抜粋:

<フローとストック>

日々取引される食品や消費財など、フローにはそれぞれの価格が反映されます。一方、不動産や株、あるいは金などの資産=ストックには将来期待される儲けが反映されます。
つまり、目下の受給だけでなく、将来の経済状況への期待値を含めて価格が決まるので、値動きは激しくなりやすいわけです。・・・海外では 物価(フロー)資産価値(ストック)は程度の違いはあれ、特に上昇トレンドです。 これがかなり乖離してきたのは、過剰貯蓄という日本の特殊な状況が一因として考えられます。日本では将来の不安から節約思考が強く、貯蓄が過剰に増えている。一方、株などの金融資産で運用を行う人はまだまだ海外に比べて少ないため、その使い道のひとつとして不動産投資の自由が高まり、資産価値を上げている側面があると思われます。(63ページ)

<企業の貯蓄超過>

本当に異常なのは「企業の貯蓄超過」です。こんなことになっているのは日本だけでしょう。なぜなら企業とは本来、投資超過の主体だからです。 お金を調達し、それを元に事業を行って収益を上げ、従業員に賃金を払ったり、株主に収益を還元したり、設備投資したりして経済成長に寄与する。それが企業の本来の姿であって、自ずと投資超過に傾くものです。それが日本ではデフレに陥った1990年代後半以降、ずっと貯蓄超過の状態が続いています。
穏やかなインフレの国では新しいことに果敢にチャレンジしていく人の方が出世し、経営者にもなりやすいものです。しかし、デフレ下ではできるだけ積極的な経営を行わず、内向きに経費削減やリストラなど数字安定させる方が評価されやすいことになりがちです。それゆえ日本では、なかなか前向きな経営に踏み切らない経営者が増えてしまったのではないかという指摘はあります。
・・・日本は労働市場の流動性が低く、賃金を上げるインセンティブが少ない傾向にあります。そうすると、株主配当、原材料高騰、経済危機の備えなど、様々な不安要素を考慮して、重要には我慢してもらう・・・ということになりやすいのでしょう。(84~85ページ)

企業はため込んでいるお金を吐き出させるために一部の政治家などから「現預金課税」などの案も出ています。法人税は基本的に利益にかかるもので、資産である現預金にはかからないからです。・・・しかし、法人税引き下げは、お金を使っても使わなくても恩恵にあずかれてしまいます。結果論でありますが、もう一歩踏み込んでお金を使った方が得する投資減税などの方が良かったのかもしれません。(86~87ページ)

<財政政策の必要性>

日銀がマイナス金利政策やっても、そもそも中立金利(経済に対して引き締めでも緩和でもない中立性の金利水準)が引きすぎるので、それよりも実際の金利を下げることが困難になり、金融緩和だけでは効果出にくいのです。そして、マイナス金利のマイナス幅を拡大してしまうと金融機関や年金運用などに支障が出てくるので、金融緩和にも限界が来てしまうのです。
このように、金融政策だけでは効果が不十分な時には、財政出動減税によって政府がお金を使わなければならないのですが、日本政府は財政出動を渋っているがゆえに、財政政策の効果が不十分となっています。
(87~88ページ)

つまり、現在の金融緩和というのは、本当はもっと金利を下げたいのに物理的に下げられないでいるわけです。このように、中立金利が低すぎて金融政策が効きにくくなっている状況を経済学では「流動性の罠」と言います。・・・流動性の罠を脱出するにはどうすればいいでしょうか。・・・「中立金利が金融政策が効く水準に戻るまで、財政政策と積極的に行うべき」というものです。2014年に元米国財務長官のロレンス・サマーズ氏が提唱して話題になった「長期停滞論」(Secular Stagnations)の処方箋がこれです。

サマーズ氏は2021年11月にNHKで放映されたインタビューで、日本において今必要な政策は財政出動と減税と言っています。減税に加えているところがポイントで、日本の場合は長期の経済停滞による将来不安などにより、給付金では貯蓄に回ってしまうからです。
・・・実際、コロナショック以後、多くの国が期限付きの消費減税を行いました。しかし、日本で行われませんでした。日本の場合、一度減税を行うと元に戻すときの反発が大きくなるのを政府や財務省が恐れているようです。
しかし、こうした日本政策当局のメンタリティが変わらないように、日本のデフレはこのまま続く可能性があります。金融政策は黒田総裁になって変わりましたが、財政政策が変わらないとデフレ脱却はなかなか難しいです。
たとえ量的緩和を行っても、お金が市場に「回って」いかなければ効果は限られるからです。 どこの国でも財務省は大規模な財政出動とやりたがらないものですから、海外では官邸主導、政治家指導で大胆な政策を行ってきました。その意味では、日本も海外を見習うべきでしょう。(95~96ページ)
サマーズ氏やバーナキン氏に限らず、海外の主流派経済学者の間では、デフレ脱却のためには金融緩和に加えて財政の積極的な出動が必須であるというのが常識になっています。
しかし日本では均衡財政主義が主流になっています。
そして、マスコミでは「日本の政府債務が増えて大変だ」というメッセージが定期的に流されるので意外に思われるかもしれませんが、海外と比較したグラフが見ると明らかに日本の債務残高は増え方が少ないことが分かります。
・・・よく新聞などで「過去最大の予算」「拡大する財政赤字」とまるで大変なことが起きたように騒がれますが、これはナンセンスです。政府債務は増えるのが常識で、毎年予算は過去最大が普通なのです。(96~97ページ)

<インフレ率>

中央銀行の保有国債を別枠で考えられるならば、理論上は、全ての国債は中央銀行が買えば政府債務をゼロにできます。しかし、中央銀行が国債を買う場合には貨幣を新たに発行するわけですから、やりすぎると大幅にインフル傾けていく可能性があります。だからインフレ率が指標になるのです。
このように財政規律は政府債務だけではなく、インフレ率なども含めて総合的に測るのがグローバルスタンダードです。そして、2022年3月現在の消費と物価指数で見たインフレ率アメリカで8%、ヨーロッパで7%を超えています。欧米では経済政策を引き締める方向に向けて動き出しています。(アメリカ2024年10月時点で前年比2.4%)(ヨーロッパ2024年6月2.5%)。
この考えで見れば、日本のインフレ率はグローバルスタンダードというのは目標の2%に遠く及びませんので、まだまだ財政出動が可能という判断になります。少なくとも中立金利が低すぎて金融政策が効かない状況(流動性の罠)から脱するまでは、財政出動によって政府が効果的にお金を使わないと日本経済良くならないでしょう。(101ページ)

*2023年の日本の平均インフレ率は3.21パーセント試算されており、ここ10年近くで最も高い上昇率。

<円安の影響>

・・・当然、産業によって為替の影響を異なります。円安で一番得する産業は自動車産業、一番損するのは電力会社です。要は、「輸出やグローバル展開が多い産業」と、「原料を輸入に頼り、需要は国内に限られる産業」の違いです。
また、海外進出している企業は大企業の方が多いので、一般に大企業の方が円安の恩恵を受けやすく、中小企業にはダメージが多くなりがちです。さらに地域によっても差が出ます。輸出関連企業の盛んな中部地方は円安の恩恵を最も受けやすく、逆にエネルギー消費が多く、食品メーカーの多い北海道は円安の負担を受けやすいと言えるでしょう。
そのため、円安は進みすぎるとマイナス部分への負担が大きくなりすぎて経営破綻など招いてしまうので、行き過ぎないバランスが大事になります。(121~22ページ)

<日本にはびこるデフレマインド>

こうしたデフレマインドと貯蓄超過をもたらした原因は、政府とマスメディアによる間違った喧伝にあるのでないでしょうか。今、高校の教科書には「日本の政府債務は危機的状況」と書いてあり、メディアは「過去最大の国債発行額」という報道をやめません。「日本の財政が危ないから」という理由とともに、賃金も上がらないまま消費税増税が続く。
ここまでの説明で、日本の債務は危機的状況ではないですし、むしろ世界的には債務の増加ベースが穏やかであることが分かったと思います。・・・しかし、教科書や報道で誤った認識を植え付けられたら、将来への不安や増税に備えてお金を貯めておこうと思うのは自然な心理です。(124ページ)

しかし、なぜ財務省が頑なに「日本の政府債務は危機的」と言い続けるのでしょうか。1つは増税をして目先の税収を増やしたいのだと考えられます。(127ページ)

<投資>

家計の資産金融資産のうち、株式や投資信託の割合がアメリカでは50%超えているのに対して、日本ではたった14%です。一方、日本では55%近くを占める現預金は、アメリカで13%程度しかありません。
アメリカの家計のように最低限の預金を手元に残し、あとは投資に回す。これをリスクと見るか、当たり前のことと見るかは、現預金を「額面が変わらないから安心」とみるか、「全く増えない状態のままにしておくのは無駄」と見るか、考え方の違いでしょう。
・・・将来不安が大きければこそ、「お金にも働いてもらう」ための投資を持っておくのは重要なことだと思います。(126ページ)

<スタグフレーションとスクリューフレーション>

・・・「スタグフレーション」というのがあります。景気後退とインフレが同時進行する現象のことで、景気停滞を意味する「スタグネーション」と物価上昇の「インフレーション」を組み合わせた造語です。
景気が悪化すると需要が落ち込むので普通はデフレを伴いますが、原油価格や原材料費の高騰などで不景気とインフレが共存することがあります。これがスタグフレーションです。
一方、スクリューフレーションは、景気の良し悪しに関係なく、中低所得者がより締め付けられる現象を示します。まさにアメリカ典型ですが、国レベルでは景気が良いにもかかわらず、再分配がうまく行われてないうえ、生活必需品が値上がりすることで、中低所得者層が苦しい思いしています。目下、これが先進国内の格差拡大に拍車をかけています。
・・・欧米ではスクリューフレーションによって中低所得者層がますます貧しくなる一方、富裕者層は豊かになり、格差が広がっている国もあります。(136~137ページ)

<MMT&海外の主流派>

MMTの提唱者の1人、ニューヨーク州立大学教授のステファニー・ケルトン氏は日経新聞の取材に、「日本が“失われた20年”と言われるのは、インフレを極端に恐れたからだ」として、日本がデフレ脱却を確実にするには、財政支出の拡大が必要と語っています。
これは・・・金融政策と財政政策の連携に似ているように見えます。「流動性の罠」に陥ってしまっているような深刻なデフレに対しては、金融政策と財政政策を大規模に行う必要がある。そのためにはマネタリーベースを増やす量的緩和は中躇せずに行うべきだ。実際、ここまではその通りです。
MMTは、第一義的には金融政策の有効性は低く、財政政策への依存と高める必要があると言っています。つまり、財政政策主導で経済安定させられる、と主張していることが、両者を決定的に分かつところです。
これは海外の主流派経済学が財政出動主導を押し進めるのは中立金利が下がりすぎていて、金融政策の効果出にくい「流動性の罠」を抜け出すまで、と限定をつけて考えているに対し、MMTでは、金利は自然に決まるものであり、財政政策主導で経済の安定は実現できるとしている。ここが最大の違いです。この辺りが、特にMMTが異端児されるゆえんでしょう。
海外の主流派は、働きたい人が皆働けている景気が良い時に政府が大量の国債を発行すると金利が上昇し、民間の資金需要が抑圧される「クラウディングアウト」を招くと考えます。 このため、主流経済学者は、不況の時に限って積極的な財政出動や減税を主張するのです。(152~154ページ)

<日本がハイパーインフレにならない理由>

社会保障の不足分についてはどうすればいいかと言えば、インフレ目標の範囲内では国債発行でまかれば良いでしょう。むしろ、金融政策と財政政策を連携して積極的に行えば、コロナショック以後のアメリカのように経済加熱していきますから、そういった状態になった後で金融政策の正常化や増税をしたら良いのです。
こう言うと必ず、ハイパーインフレの懸念が示されますが、そんな心配は不必要なことはアメリカイギリスを見れば分かります。アメリカもイギリスもリーマンショックやコロナショック後に大規模な財政出動を行いましたが、ハイパーインフレにはなっていません。金融政策や財政政策を引き締めてインフレ率を落ち着かせれば住むレベルです。
・・・日本は世界最大の「対外純資産国」であり、中国に次ぐ第世界第2位の「外貨準備保有国」であり、中国・ドイツに次ぐ世界第3位の「経常黒字国」です。こういう国ではまずハイパーインフレは起こりえないでしょう。(158~159ページ)

<オランダの農業>

日本政府は農産品・食料品輸出額を2030年に5兆円まで増やす目標を掲げています・・・
国土も狭いし無理、と思われるかもしれませんが、実現可能な根拠があります。それがオランダです。
農産品・食料品輸出額の世界に第1位はアメリカですが、オランダはなんと第2位につけています。オランダは国土面積4万1864平方km、人口1755万人。面積も人口も九州と同じぐらいの王国ですが、日本の輸出額の11倍も、農産品・食料品を輸出しています。
実際に農林水産物・食品等輸出額のGDP比で見てみると、オランダが飛び抜けて大きいことが分かります。 一方、日本はほぼゼロでいかに日本の農林水産物・食料品の輸出が少ないかをよく示しています。
オランダの農業の特徴は、IT技術を使い、プラント工場などで生産品と品質と高めて大量に生産していることです。国土が狭いため、アメリカのような大規模農業は望めない分、海外からの素材を輸入する一方で、工夫して品質や付加価値の高いものを作り出しています。日本の農業もこの方向でやっていけるはずです。(166~168ページ)

(2024年10月25日)



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集