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【読書ノート】「核クライシス 瓦解する国際秩序 」太田昌克

著者は共同通信のジャーナリスト。今まで主に核兵器分野の著作が多い。冷戦が終結してソ連が残した核兵器を手にしたウクライナは一時的に世界第3位の核保有国になるが、米露との紆余曲折の交渉を経てそれらをすべて手放した。その際にブタペスト覚書が署名されたが、クリミア併合でロシアがそれを一方的に破棄、しかし欧米諸国は新しい枠組み作りを発展させることなく、22年にウクライナ侵攻が起きてしまう。国際約束のもと核放棄した国が、無残に核大国の攻撃対象となってしまうプロセスが克明に描かれている。軍縮の冬と言われ核を含めた軍備増強が進む現在だからこそ読むべき内容。

<目次>
第1章 うごめくサソリたち 二匹から三匹へ
第2章 ウクライナ侵攻の源流
第3章 侵略された「核を諦めた国」
第4章 ドキュメント「ブダペスト覚書」
第5章 侵略の代償
第6章 瓦解する核秩序
付録・核の用語集(五十音順)


以下、気になった個所を抜粋:

NPTを遵守しようと核放棄の大英断を下した国が、NPT体制の特権にあぐらをかく核大国の犠牲になってしまった。その代償の重さたるは、強調しても強調しすぎることはない。ウクライナの惨劇を目にした国が仮に将来、核を持った場合、手放すことはためらう悪しき先例を残してしまったからだ。(219ページ)

 NPT(核兵器の不拡散に関する条約)体制
核兵器の拡散を防止し、核軍縮を推進することを目的とした国際的な枠組みです。 NPTは、1968年に署名・採択され、1970年に発効しました。1995年には条約の無期限延長が決定されています。NPT体制の主な特徴は次のとおりです。 ① 核兵器国を米国、ロシア、英国、フランス、中国の5か国に限定する ② 非核兵器国には核兵器の取得を禁止する ③    核兵器国には核軍縮交渉を義務付ける ④ 非核兵器国には国際原子力機関(IAEA)の保障措置を受諾する義務を負わせる ⑤ 締約国は原子力の平和的利用の権利を有する

オバマはウクライナに全面的な軍事援助を行うでも、外交指導力を自ら発揮するでもなかった。この間、独仏はドンパスの紛争解決へ向け、ウクライナやロシアとベラルーシの首都ミンクスで交渉を重ね、停戦を規定する行為を結ぶが、履行されないまま崩壊してしまう。その終着点がウクライナ侵攻だった。失敗の本質は何か。
「ウクライナの核放棄後。同国に対する米国の関心は霧消し、積極的に協調的な政策が不在となった。安全保障面でウクライナは、拡大するNATOと徐々に好戦的になるロシアの狭間にあった。米国は、民主化支援はしたが長期戦略を描くことに失敗した。NATO諸国は「いずれ加盟を」と言いながら実際は何も進まなかった。つまるところ、米欧はウクライナの戦略的重要性を理解できていなかったのだ」(221ページ)

米国は今なお欧州5カ国の米軍基地に戦術核を約100発配備しており、いざロシアと戦争となれば、必要に応じて米軍から核弾頭を譲り受けたドイツやイタリアなどの戦闘機が核攻撃する想定だ。そんな核共有システムが実際に稼働すれば、非核保有国への核兵器の移転を禁じたNPT違反となる。
・・・ロシアのウクライナ侵略は、そんな国際約束を反故にする蛮行だった。その余波で「核の後ろ盾のない国は自国を守れないのでは」と不安を呼び起こすことになり、核共有の議論が日本でもにわかに盛り上がった。(245ページ)

・・・こう強調した傳の演説を号令に中国代表団は以降、国連の議場で①AUKUS②核共有③原発処理水-----に絡み、執拗なまでに日米豪への圧力を強めた。「過去の再検討会議で非同盟諸国のリーダーのように振る舞っていた中国の姿とは全く違う・・・」。日本代表団から驚きと困惑の声が漏れた。(246ページ)

2022年8月にニューヨークであったNPT再検討会議でも、激化する米中対立が長く暗い影を落とした。
中国代表団は会期中、オーストラリアへの原子力潜水艦供与を軸とした米英豪の新たな安保枠組 AUKUS(オーカス)に激しい敵対心を表明する一方、自らの核軍拡の手足を縛られまいと「兵器用の核分裂性物質の生産停止(モラトリアム)」の言葉が最終合意文書に記されないよう、懸命の外交策を繰り広げた。
これに対し、中国の核兵器増産を封じたい米国と日本と連携し、「モラトリアム」を活字に残そうと最後まで画策した。
・・・結局、会議決裂を恐れた議長スラウビネンの判断で中国の要求が通るが、再検討会議で露呈した。米中の鋭い対立構造は、「軍縮の冬」という荒涼たる現実を国際社会の面前に浮かび上がらせた。(257~258ページ)

AUKUS(オーカス)
「Australia [オーストラリア]・United Kingdom [イギリス]・United States [アメリカ]」の頭文字は、アメリカ、イギリスおよびオーストラリアの三国間の軍事同盟である。 2021年9月15日に発足が発表された。海上領域における自律システムの高度化と規模拡大を目的とした一連の統合的な3カ国共同実験・演習を実施。 ・無人海上システムを共同運用し、3カ国すべての海上データを共有・処理し、意思決定を支援するリアルタイムの海上領域把握を提供する能力をさらに試験・改良が目的。

※ 兵器用の核分裂性物質の生産停止(生産モラトリアム)
核兵器保有国が核兵器用核分裂性物質の生産を一時的に停止することを指します。
核兵器用核分裂性物質の生産停止モラトリアムは、核兵器のない世界を実現するための国際的な核軍縮外交における重要な措置とされています。
核兵器用核分裂性物質の生産停止モラトリアムに関する条約として、核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)があります。FMCTは、1993年にクリントン米大統領が国連総会演説で提案しました。

「安全保障戦略における核兵器の役割を低減する責任は、核保有国にだけあるわけではない。核の傘の下にある国は、抑止という(自分たちにとっての)利益を昌道し続けることで状況悪化させ、現在進行中の核保有を助長している」
・・・「核保有のいかなる正当化も核拡散につながり、NPTそのものを故意に毀損することになる。核抑止の力の上に築かれた安全保障は持続可能性がない、と繰り返さざるを得ない。核抑止が破綻すると、人類全体が壊滅的な影響を受けることになる」
白人支配の時代に人知れず核開発し廃棄もした南アフリカは今や独特の存在感を示す非核保有国だ。その「傘国」糾弾のトーンをひときわ激烈さを浴びた。
・・・NPTは核拡散を厳禁しているが、非核保有国が自国防衛を同盟国の核の脅しに依拠する拡大核抑止までは禁じていない。そのため「核の傘」を結果的に是認するNPTは不完全で、傘の役例を認めること自体が核軍縮の障壁となる。だからこそ、核の威嚇を違法化する核兵器禁止条約が不可欠だ-------。
禁止条約推進派はこんなロジックに立脚しながら、2022年の再検討会議で「傘国」に対する批判の剣をより鋭敏に研ぎすました。同時にその動きは米露や米中といった核保有国間の分断とは別の「もう1つの分断」を克明にあぶり出した。それは、「核保有国 + 傘国」対「傘を否定する非核保有国」という新たな対立構造である。
(266~268ページ)

核兵器禁止条約(TPNW)
核兵器の開発、実験、製造、保有、使用、及び使用の威嚇を全面的に禁止する国際的な法的枠組みです。この条約は、2017年7月7日に国連で採択され、2021年1月22日に発効しました。TPNWは、核兵器を「非人道的な兵器」として位置づけ、その存在を法的に否定する初めての国際条約です。
http://nenkinsha-u.org/07-kokusaijouhou/pdf/kakuheiki_kinshijouyaku.pdf

「再検討会議で傘国の問題が提起されたのは初めてだ。核保有国と非核保有国の溝も拡大している。(核保有国に核軍縮交渉を義務付けた)NPT第6条の不履行状態への不満も増幅しており、NPT体制の信頼を揺るがしかねない。核保有国は核軍縮にコミット(約束・関与)している。していると意思表示する必要があるが、そうしてはいない。NPT体制は危険な状況に置かれている。」
「私見を言うと、核兵器は不道徳であり存在してはならない。まず第6条履行へ向け、より具体的な措置が講じられるべきだ。いかなる核の脅しも許すわけにいかない。確かに国際的 な安全保障環境は非常に複雑で「戦略的安定」のために核抑止が一定の役割を担っていることは理解している。だが個人的に、こうした考え方には賛成できない」(275ページ)

核兵器不拡散条約(NPT)の第6条
締約国が核軍備競争の停止や核軍縮に向けた交渉を行うことを義務付けています。第6条の内容は次のとおりです。1. 核軍備競争を早期に停止する 2. 核軍備の縮小に関する効果的な措置を講じる 3. 厳重かつ効果的な国際管理の下で、全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について誠実に交渉を行う

「NPTはグランドバーゲン(一括取引)だ。大多数を占める非核保有国は核開発をしないことに同意し、見返りに原子力の平和利用(の権利)を手にした。さらに重要な点は、核保有国が将来的に核廃絶するとの義務にコミットしたことだ」
スラウビネン(議長)はNPTが①核軍縮②核不拡散③原子力の平和利用-----の3本柱からなり、加盟国の権利・義務が「一括取引」で規定されていると強調し、こう続けた。「非核保有国が「一括取引は機能不全にある」と不満を募らせれば、NPT体制の信頼性は非常に深刻な状況を迎えることになる」
・・・「核の傘」を絶対視する限り、核廃絶の日も未来永劫やってこない。2回連続の再検討会議決裂で一括取引の土台が揺らぐNPT。核保有国に核軍縮を迫ると同時に、極めて難しい作業ではあるが、核兵器への依存を超越した新たな 安全保障を構想していくことが、日本を含む「傘国」側に求められている。(277~278ページ)

(2025年2月2日)


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