厚意
照り付ける太陽。けたたましく響くセミの声。
さえぎるものが何もない。不快な道。
アスファルトからの熱気。脇を過ぎ去る大型車の轟音。
舞い上がる砂ぼこり。
首筋と背中に滲む汗。
それを横目に勝ち誇るのは道端の雑草たち。
もう、随分と耐え忍び、この不快な道を歩いてきた。
ここまで来れば先が見える。
しかし、先が見えているからこそ、この道のりが遠いことも知っている。
このあとは、長い上り坂がしばらく続く。
ああ暑い。暑すぎる。とにかく暑い。気が滅入る。
もちろん、一歩一歩進めば、坂の上にたどり着くことはわかっている。
ただ、世の中、程度の問題ということはあるだろう。
モノには限度というものがあるだろう。
いくらなんでも、こりゃ暑すぎる。さすがに無理なものは無理なんだ。
*****
行く手に見えるのは、夢かまぼろしか。
どうか現実であってほしい。
はるか遠く。彼方に見える。
陽炎の先に。微かに見える。
「氷」の文字・・・。
きっとそれは、白地に赤で描かれた「氷」の文字。
青い波の上に浮かぶ「氷」の文字。
頼む、現実であってくれ。
そうは願いつつも、裏切られたときのショックが怖い。
だから期待はしない。
しかしだ。
この状況で期待するなという方が無理な注文だ。
いったい何を恐れているのか。
絶対にあれは「氷」の文字だ。
心の底から強く信じることができるか。
それがすなわち希望となる。
*****
小さな和菓子屋だった。
飾らず、年季の入った佇まい。
軒先のビニール製の日よけはすっかり色あせ、白文字で描かれた市外局番のない電話番号が時代を感じさせる。
古めかしいアルミサッシのガラスドアに貼られているのは、躍動感のある「だんご」の文字。
店の入り口で立ち止まり、ポケットタオルで汗をぬぐう。
その刹那、
「氷、食べていく?」
と、どこからか声がした。
その声は、あまりにも滑らかに、心の中にスッと溶け込むように入ってきた。
気づけば無意識に「はい、食べていきます」と答えていた。
暗い店内に焦点を合わせると、ガラスのショーケースに頬杖をついているおばちゃんがいた。
*****
店の中には、小さな飲食スペースがあった。
木製の机が2つあって、それぞれに背もたれのない四角い小さなイスが4脚あった。
一番奥、隅っこの席に腰掛ける。
見上げると、板張りの壁にかき氷のメニューが貼ってある。
イチゴ、メロン、レモン、みぞれ・・・。
ここは、イチゴをお願いした。
練乳はいらない。
*****
古い機械なのか、ショーケースの奥の方から、機械のモーター音が大きく響く。
氷が削れる音はかき消されている。
しばらくしてモーター音が治まると、おばちゃんがお盆に氷を乗せて現れた。
装飾のガラスの器に高くそびえるふわふわの氷。
シロップたっぷり。
間違いない。
「こんなにいっぱいだとこぼれちゃうなー」なんて思いつつ、冷えた金属製のスプーンでひと山すくう。
ふわふわだ。
全然違う。やっぱり和菓子屋の氷は全然違う。
うまい。
本当にうまい。
身体の内側から冷やされて、全身の汗が引いていく。
*****
「そこに小学校があるでしょ。コロナでね。紅白まんじゅうの注文が無くなってねぇ」
ショーケースの方から、おばちゃんが話しかけてきた。
どうやら大変なようだ。
「かき氷、ふわふわでおいしいです」
「昔からこれなのよ」
器の底にイチゴ色の液体が溜まってきた。
わずかに残る氷をスプーンで縦にザクザク砕く。
「緑茶飲むかい?」
「はい、いただきます」
ゆったりとした会話をしていると、再びおばちゃんがお盆を持って現れた。
「良かったら食べて。サービスよ」
緑茶に加えて、みたらし団子がお皿に1本。
かき氷を食べ終え、あったかい緑茶をすする。
冷え切った身体の中を緑茶が確かめるように通過していく。
みたらし団子をいただくと、これがとてつもなく甘い。
緑茶の渋さが一層際立つ。
*****
「ごちそうさまでした」
紅白まんじゅうの話を聞いた上に、みたらし団子までいただいた手前、何か和菓子でも買っていこうかと思っていたら、強引に会計させられた。
そして、おばちゃんは、ガラスのショーケースに頬杖をついた。
店内で買い物するのが、なぜか無粋に感じたので「また来ます」と告げて店を出た。
*****
太陽は西に傾こうとしていたが、相変わらず、陽射しは強い。
でも、おかげで坂を登り切れそうだ。