打ちつける風の音は子守唄にはならぬ
深夜、「誰か階段昇ってきた?」と私の部屋を覗く息子。
いやいや、風だよ。
古い家では、どこからともなく風が入り込んで
家の中をあちこちガタガタと鳴らして通り抜けていく。
少し眠ったあと、目が冴えてしまって寝付けなかった。
まあ、私にとっては珍しいことではないのだけど。
それにしても、なかなか気味の悪い風の音。
「家」ってすごく軋む。古い家はなおさら。
なんにもなくても、あちこちでミシミシギシギシと音がする。
風の強い日は「いったいなにごと?」と思うほど家の中でいろんな音が発生する。
そんなことをいちいち気にしていては古い家には住めない。
(新しい家も軋むのかも)
「換気に気をつけて」と叫ばれる昨今。
強い風の音を聞きながら、
「そんなにエネルギーが余っているんなら、
みんなを困らせているウイルスを吹き飛ばしてくれればいいのにねぇ…」
なんて風に対して思っていたら、空が明るくなってきた。
誰かと話したいほどに寂しいわけでもないし、誰かをわざわざ起こしたいわけでもない。
本を読むほどにくっきりと目が冴えているわけでもない。
日記帳は寝る前に記入したし…、することも思いつかず、ちょっと退屈。
とくになにか書きたいことがあるわけではないけど、
少し気が紛れるかなぁとnoteを開いている。
退屈しのぎにnoteなんて言ったら怒られてしまうかな。
でも、
この少し退屈で、少し虚ろな気持ちを書き残してもいいよね、
とかなんとか頭の中で一人で会話している。
眠りを妨げる風の音は、長期戦へのゴングだろうか。
もちろん、長期戦にならなければいいなと心から願うのだけど
長期戦の覚悟も大事かもしれないと思う。
緊張感を保ちつつ、
適度に気持ちを緩めて心身を疲弊させない工夫が大事になってくるなぁ。
今読んでいる本の中に、
繰り返しペストに襲われた中世ヨーロッパのことが記されている。
現代医学のおかげで激減したとは言え、たぶん人の歴史は
目に見えないウイルスや細菌との縁は切っても切れないものなんだろうな。
よけいな不安を取り込みすぎず、ため込みすぎず。
できるだけ、たんたんと。
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