紙物語
これは神話である。
神のみぞ知る紙の物語。
紛らわしいので紙物語と略す。
わたしは紙だ。
正式な名を紙幣という。
であるから、始まりはこうなる。
(BGM〜♪)
「わたくし、姓は紙、名は幣、人読んで紙幣と発します!
西に行きましても、東に行きましても、土地土地のおあにいさん、おあえねさんにご厄介掛けがちの若造でござんす。
見苦しき面体お見知りおきになられましては、向後万端ひきたって、よろしくおたの申します。」
(チャーン、チャラララーララー♪)
わたしにはきょうだいがいる。
兄一人、姉一人、わたし含めての三きょうだいである。始祖がこの世に生まれて以来、代々、今日までずっとこの構成でやってきた。
我が一族の伝統である。
我が一族は、世間に揉まれながら生きて来た。もみくちゃにされ、手垢に塗れ、破られ、引きちぎられながら、それでも生きて来た。
時代によっては、流され、燃やされ、偽造された。挙句のはてには、アタッシュケースに詰め込まれて捨てられる者もいた。
おお、なんと、無念だったことか。
それでも、我が一族は時代を生き延び、今を生きている。
「限りある資源の浪費だ。」
「時代の流れに反している。」
「もう誰も求めていないのでは?」
そのような声も多い。GXというやつだ。
わたし自身、なるほど、そう思う。
そう思わざるを得ないエポックメーキングが、過去に幾つか生起した。
最初は、クレジットカード生命体の出現だ。
民A「お、お、長!敵襲!敵襲でござる!」
わたしたちは耐え忍んだ。我が一族は彼らと速やかに協定を結び、住み分けることにした。
次に、仮想通貨というデストロイヤーが出現した。
民B「お、お、長!堤防が決壊したで候!」
彼らは投資対象となり、巨額のマネーが流入した。濁流に呑まれ我が一族の半数が姿を消す事態となった。
そして最後に、キャッシュレスというパンデミックが襲来した。
民O「僕らの自由を〜僕らの青春を〜大げさに言うのならばきっとそういう事なんだろう〜♪」
その荒ぶる猛威に諦観を抱いた仲間たちは、早々にアンセムをシンガロングしながら自ら姿を消すことを選んだ。その数は全体の八割に達した。
もはやこれまで、一族の長を始めとした誰もがそう思った、その時だった。
(ポーン)
時代が、動いた。
(パカラッ、パカラッ)
早馬に乗った民Cが叫んだ。
民C「おニューでござる!おニューでござる!」
上から新札発行の一報が駆け巡ったのだ。
我が一族は次代へと存続のバトンを渡すことに成功した。我が一族は歓喜し、宙を舞った。紙だけに。
わたしの名は紙幣、またの名を千円札という。北里柴三郎という人物の肖像画がトレードマークとなっている。これからは誰もがわたしの姿を目にすることになるだろう。
そう、これはわたしの物語、紙物語だ。
そして時代を動かした神の名は、
麻生太郎
わたしたち紙幣一族はその神の名を末代まで語り継ぐであろう。
ー了ー
秋ピリカ応募作品|紙物語(1200字)