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大企業でキャリア自律支援施策を推進してきた人事の奮闘記 ~浸透編~

こんにちは。HR Tech企業で組織開発・人材育成をやっているうえむらです。私は自社のキャリア自律支援を約3年間推進してきました。前回の記事ではキャリア自律支援の立ち上げにおける難しさや工夫について書いています。

本記事では企業内で立ち上げたキャリア自律支援施策を浸透させる難しさや、その難しさとの向き合い方について、n=1の人事の奮闘記を書いていきたいと思います。


不穏なフィードバック

上司と部下による1on1形式でキャリアについて会話する「Career Interview」という企画を立ち上げて約3ヵ月。初回実施をトライアルと位置付けていたこともあり、全社での実施率は約70%近くになっていました。Slack上ではキャリアについての考察が日々飛び交っており、多くの社員がキャリアと向き合い始めている様子。私は正直「まあまあ上手くいってるな」と安堵していました。しかし。

人事部長との1on1で受けたフィードバックは、私の予想の斜め上をいくものでした。

人事部長「うえむらさん、Career Inerviewの企画・運用お疲れ様です。現状はどんな感じですか?」

う「実施率は70%近くになっていますし、社員も日々キャリアについて考えている様子が見られています。自分で言うのもなんですが初回にしては上手くいっているのではないでしょうか。」

人事部長「なるほど…。実は、社長から実施率を100%にしてほしいというフィードバックをもらっています。」

う「えっ…!? そうだったのですね。しかし既に社員にはトライアルと伝えてしまっており、今すぐに100%を目指すのは難しいかもしれません。」

人事部長「ですよね。。現実的には次回実施から100%を目指す形になるかと思いますが、ぶっちゃけいけそうですか?」

う「正直やってみないと分からないですね…。とりあえずやってみます。」

人事部長との1on1での会話より

人事部長からのフィードバックを受けた私は、どうやってCareer Interviewの実施率を100%にしようかと考えはじめました。評価制度に紐づけるなどして「やらないと困る」状況を作れば実施率は上がりますが、それではキャリア自律の本質から逸れてしまう。時間はかかるかもしれないが、必要性のメッセージングや実施率の管理など、地道な積み上げをやり切る作戦で臨むことにしました。

現場社員からの厳しい反応

そうこうしているうちにCareer Interviewの次回実施時期が訪れ、社員へのアナウンスを行いました。前回実施している人は半年前に言語化したキャリアプランの振り返りが中心となるため、初回よりも実施ハードルは下がるはず。そんな甘い目論見は社員からの厳しい反応によって脆くも崩れ去ることになります。

キャリアインタビューの施策はとても好きなんだが、なんせ重たい。

発信はされてるんだろうが、人事の想いや計画もあまり掴みきれず、少し困惑する人(やらされ感)が増えていきそうというのを2回目で既に感じてる。

現場マネージャーのSlack投稿

自社では人事施策に限らず、社員が会社に対して思ったことを自由に発言する風土があります。この方に限らず、多くの社員が日々感じたことや考えたことをtimesチャンネルなどで素直に発信しています。社員のオープンな発言を会社が咎めることがないのは、根底に会社をより良くしたいという想いを社員ひとり一人が持っていることを信じているためです。

一方で人事としては自分達が作った施策に対するネガティブな反応を直視するのは心がざわざわします。できれば見て見ぬふりをしたくもなります。やらされ感か…。この投稿を見た瞬間はSlackをそっと閉じようと思いました。人事だって人間だもの。しかし。

普通そこでメンションしないよね

「しぇあ」という一言と共に私は人材育成チームの同僚に呼び出され、やらされ感の意を表する現場マネージャーの前に引きずり出されてしまいました。退路を断ってくれてありがとう。トホホ。。

ともあれ、私はこれをきっかけにCareer Interviewについて反応してくれた社員と1on1をする機会を得ました。どんなに厳しいフィードバックも受け止めきるぞと自分に言い聞かせ、体調を万全に整えて面談に臨みました。

現場マネージャーとの真剣勝負の面談

現場マネージャーとの面談では事前に想像していた通り厳しく、そして真摯なフィードバックを受け取りました。

  • 通常業務がとても忙しい中で人事関連のイベントが多く、メンバーが疲弊している。

  • イベントの先にどういった姿を描けばよいか分からず迷子になっている

  • キャリア支援の役割が現場マネージャーの個人の力量に依存してしまっている

どのフィードバックも生々しく、その通りとしか言えない内容でした。私は実施率や社員の反応の良い面ばかりを見ていた一方で、厳しい現実を自分から直視することはしていなかったのだな。自分の至らなさに苦しさを感じつつ、相手の言葉をひとつひとつ受け止めていきました。

私の表情を察したのか、現状共有が終わるとマネージャーは「このような状況を何とか打開したいと思っている。メンバー、マネージャー双方のフォローアップをしたいので人事の力を貸して欲しい」と話してくれました。私は現状を正直に共有してくれたことにお礼を伝え、ぜひ一緒にやらせてくださいと伝えました。

面談後の現場マネージャーのSlack投稿

その後、現場マネージャーとディスカッションを重ね、部門全体会議にてイベントを実施することになりました。コア企画として何名かのメンバーと私とのCareer Interviewをライブ公開することに。ねらいはマネージャー、メンバー双方にインタビューの進め方を共有し、問いかけやフィードバックのコツを掴んでもらうことにありました。

部門全体会議での公開インタビュー

部門全体会議では現場マネージャーがファシリテーションを務め、これまでCareer Interviewを楽しめていなかった人にもキャリアを自分事にするきっかけを作ってほしいというメッセージを投げかけてくれました。

楽しいと感じる要素は人それぞれ。その一つひとつに正解不正解はないけど、キーワードのひとつに『キャリアを自分事にする』があると思っています。自分で人生を考えて、その中で仕事というものを捉えられているのかーー。はたらくを楽しくを実現するための方法論の1つとしてキャリア自律があります。キャリア=仕事、という考えだけに囚われず、気軽に捉えてもらいたい。そのきっかけとして、試しに他の人の考えていることを覗いてみようというのが今回の企画です。

現場マネージャーからのメッセージ

その後、私とメンバーとの公開Career Interviewへ。何名かのメンバーとインタビューする中で特に印象的だったのは「私、キャリアのこと全然考えていません。あと、毒を吐く系なので注意してください」と自己紹介してくれた方とのインタビューでした。

実は事前にメンバーを選出するにあたり現場マネージャーとは「茶番ではなく、リアルな場を作ろう」と話しており、キャリア自律に対して批判的な反応を示すメンバーについても敢えて選んでいました。インタビューはぶっつけ本番なので上手くいかないかもしれない。けれどその方がやる方も見る方も本気になれるだろう。私にとっては大いにプレッシャーのかかる提案でしたが、快諾することにしました。

「リアルなインタビューの方がいいと思って全然中身書いてないです(笑)」

インタビューでメンバーが放った最初の一言。部門全体会議であるにも関わらず自然体な言葉が出てきたことに私は内心驚きつつ、次の言葉を返しました。

「全然大丈夫ですよ。はじめにお伝えしたいのは、僕が今からやるInterviewは決して見本ではありません。“正しいInterview”を見せたいのではなくて、何でも気軽に話していいんだなという雰囲気を皆さんに見てもらいたいと思っています」

その後、ほとんど白紙のCareer Discovery Sheetを一緒に眺めながら、メンバーのこれまでの経歴や今後のプランについて会話を重ねていきました。本人はキャリアについて何も考えていないと言っていましたが、会話を重ねる中で徐々に価値観や今後のキャリアの足掛かりになりそうな点が浮かび上がっていきました。ここではキャリアプランについての会話の一部を紹介します。

うえむら「5年後、3年後は「特になし」と書かれていますが、1年後は貯金がしたいと明確なものがあるんですね」

メンバー「強いて言うなら…という感じで半年前のInterviewのときに書いたんですが、半年経って結局、貯金はできていないですね(笑)本当にやりたいことはできるはずなので、多分やりたくなかったんだなと思います」

うえむら「当時はやりたいと思ったけどそうじゃなかったと気づいたということですね。ちなみに半年間でお金は何に使ったんですか?」

メンバー「これというものはなくて、普段の飲み会や…食費がほとんどだと思います。いろいろな人と話したりするのが好きなので」

うえむら「じゃあ、職場の近しい人たちとも話したりご飯を食べたりしてるんでしょうね。仲間を大事にされているのかな?」

メンバー「仲間とか言われるとちょっとこっぱずかしいですけど、仕事というよりは人の方が大事ですかね」

うえむら「なるほど。あと、気になったのが、やりたいことは特にないとおっしゃってますがこの仕事一筋で続けられているのはなぜなんでしょう?」

メンバー「単に異動がなかったのでやってるだけです。ただ、一緒に働いている人たちは好きなので異動したいっていうのはないです」

うえむら「いい話ですね。何をやるか、誰とやるか、が大事だとよく言われますが〇〇さんが後者を大事にされていることがよく伝わってきました。それをCDSに書くのは難しいかもしれませんが、何か言語化できそうなら書いておくといいかもしれないですね」

公開Career Interviewの会話から一部を抜粋したもの

部門全体会議はリモート開催されており、こうした会話が繰り広げられる中チャット欄では「インタビュアー泣かせな回答」「どんな返答がきても話を広げたり、深掘りしたり、要約するんだな」といった感想が飛び交っていました。

後日、社内報を通じて一連のやり取りや部門全体会議の様子が社内に発信されました。「しぇあ」してくれた同僚は社内広報担当だったのです。「雑なつなぎでごめんなさい。うえむらさんならきっと受け止めてくれると信じてました」と言われ、私は「いえいえ。こういうことが起こるのがこの会社の面白いところですから」と何とか言葉をひねり出しました。やれやれ。

この企画を通じてキャリアを等身大の言葉で語り合う体験、その時間をオーディエンスと分かち合う体験を作ることができました。その後、社内SlackではCareer Discovery Sheetを自己紹介代わりに公開する人が現れるなど、キャリアを自分事化することがじわりじわりと浸透していくきっかけとなる出来事のひとつになりました。

また、私がこの出来事から学んだことのひとつに人事にとってネガティブに見えるフィードバックをしてくれる社員は強力な仲間になり得るという点があります。私はSlackだけでなくアンケートにおいても同様に、ネガティブな意見を表明してくれた社員と直接会話する機会を設けるようにしています。それは彼らの多くが何らかの思い入れを持っており、改善のきっかけを与えてくれる存在だからです。また彼らは同時に会社に対してもメッセージを投げかけてくれています。私が彼らと対話することは会社と社員の対話にも繋がり、会社をより良くする機運をもたらすのではないでしょうか。

経営層からの力強い後押しが追い風に

このようにビジネス現場で浸透に向けた水面下の動きが起こっている中で、経営層からもキャリア自律を推進するトップメッセージが投げかけられました。

Career Discovery Sheetを書いてCareer Interviewをすることは、社員ひとりひとりの成長に必ず役立つ。ひとりひとりが成長してくれればお客様にもその成長をお届けできるし、同時に会社全体としても成長できる、忙しいとは思うが、各部署の実態を皆さんが掴んで100%を目指し、ご協力いただきたい。

経営会議でのメッセージ

自社ではSlack朝礼と呼ばれるチャンネルにボードメンバーが週次でメッセージを投稿する習慣があります。上記のメッセージを受けCxO陣や執行役員から全社員にCareer Interviewについての投稿がなされたり、全社集会の中でもキャリアの話題に触れられるなど、会社としてキャリア自律の浸透を図る働きかけを繰り返し実施していきました。

施策の立ち上げ時には人事からの発信を中心に認知度向上に努めてきましたが、施策の浸透に当たっては社員に興味関心を持ってもらい、ニーズを喚起し、忘れた頃に記憶を呼び起こすことを地道に続けていきました。その際、ボトムアプローチとトップアプローチを織り交ぜていくこと、社員との双方向のコミュニケーションを用いることで組織の隅々にメッセージが染み渡ることをイメージして施策の運営に当たっていたように思います。

愚直にやり切る実施管理

社員とのコミュニケーションによって高めた機運を行動に繋げていくためにはオペレーション設計についても強化する必要がありました。Career Interviewは上司と部下で実施する施策であるため、本人に加えて上司への働きかけは必要不可欠です。しかし全社員の実施率を把握した上で上司へのプッシュを手作業で個別に行うのは現実的ではありませんでした。

そこで社内システムとSlackを活用し、部門別の実施率を半自動でSlackチャンネルに送信するBotをつくり、マネージャー層に向けて定期的に実施率を送信する仕組みを構築しました。また未実施者についてもスプレッドシート上でリアルタイムに把握できる状態にしておくことで、現場部門が人事に問い合わせることなく実施率を高められるようにしました。

SlackBotで実施率を通知するようにした

リマインドをBotに任せることで人事側のオペレーションコストは下がりましたが、現場部門の負荷が減るわけではありません。繁忙期と重なってしまうこともあり、本当にリマインドを続けて大丈夫だろうか?と心配になる時もありました。そうした場面で、とある執行役員からかけられた言葉を今でも覚えています。

「うえむらさん、会社がやると決めたことはやり切るんだよ。人事は遠慮せず言ってきてほしい。まあ本当にしんどい時は普通に断るけどね(笑)」

人事にとっては神か…と思えるような言葉ですし、実際勇気付けられました。その後も普通に断られることもありつつ(笑)、実施管理についても現場部門と対話を重ねながらタイムリーに状況を共有していきました。

このように実施管理についてはマネージャー層と連携しながら愚直に数値を積み上げていく方法論を続けてきました。社員とのコミュニケーションによって認知・感情への働きかけを行い、実施管理によって行動面での働きかけを行っているとも言えます。結果として実施率については100%には至りませんでしたが、95%以上の社員が継続的にCareer Discovery Sheetを提出し続けています。

余談にはなりますが、私は人事施策を推進する上で「AIDMA」を意識しています。AIDMAは消費者の購買決定プロセスを説明するモデルのひとつですが、社員が人事施策を進んで実施したいと思えるかについても当てはまる点が多く参考になります。

私が人事施策を推進する際にAIDMAを意識する理由は、社員を強制的に参加させる方法では施策目的を達成することができないためです。キャリア自律施策においては、社員が心からやってみようと本気で取り組まない限り、その狙いが達成されることはありません。いかにして社員の心を動かし、行動を引き出し、支援していくか。それが人事としての腕の見せ所であると考えています。

そして次の課題へ…

こうしてCareer Interviewはほぼ全社員が実施する施策となり、浸透編としては一定の成果を得ることができました。しかし、ほっとしたのも束の間。私は新たな課題に直面することになります。これまでとは明らかに質が異なるその課題については次の記事で詳しく書いていこうと思います。

最後に

本記事ではキャリア自律支援施策の浸透における難しさとの向き合い方について書いてきました。本記事のまとめは以下になります。

  • 社員や現場組織との対話を恐れない。ネガティブな反応にこそ浸透に向けたチャンスが宿っている。

  • ボトムアプローチとトップアプローチを織り交ぜて、組織の隅々までメッセージを行き渡らせる。

  • 実施管理を愚直にやり切る。

施策の浸透において唯一解はなく、目の前にある組織や現場と向き合う中で答えを見出していくしかありません。しかし、もしかしたら私自身の経験からの学びが誰かの役に立つかもしれない。あるいは今まさに課題と向き合っている誰かの背中をそっと押すかもしれない。そう思いながら、ここまで記事を書き進めてきました。

本記事を通じて企業内でキャリア自律に関わる方とつながるきっかけが生まれると嬉しいです。興味を持って頂いた方はXなどでお気軽にご連絡ください。

それでは、また。

うえむら(@Uemura_HR)

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