「NEW POWER」はこれからの世界をどう変えるか(竹村詠美)
教育の未来を考える起業家 竹村詠美のおすすめ洋書! 第5回
"New Power" by Jeremy Heimans, Henry Timms 2018年4月出版
『NEW POWER これからの世界の「新しい力」を手に入れろ』
著:ジェレミー・ハイマンズ, ヘンリー・ティムズ 訳:神崎 朗子
ダイヤモンド社、2018年12月6日発売
オリンピックに向けて、民泊が部分的に許可されていくであろうという予測のもと一気に広がりを見せていた Airbnb ですが、「見えづらい参入障壁」とも言える自主規制や、「管理人が10分以内の距離にいないといけない」といった法規制により、ホスト側が実質的に民泊から撤退するような流れがあるようです。
確かに我が家のマンションでも、実際は誰もAirbnb に登録していないのに、「知らない人が来るのは困る」と、民泊禁止条例が予防措置的に管理組合規則へ追加されていました。
また、一時期は鳴り物入りで始まったUberも、本丸のライドシェアではタクシー業界の規制に参入を阻まれ、特に規制のない宅配サービス、Uber Eatsの売上が牽引しているようです。
一部の権威のある人達により、多くの人々の生活に影響する物事が密室で決められてしまう。これは正に「オールドパワーモデル(「規則の順守」や「消費」のみを求めるモデル)」が勝ったと言えるでしょう。
シェアリングエコノミーという言葉が流布するわりに、既存の産業ではコワーキングスペースを除くと厳しい状況が続くようにも見える日本ですが、世界的な流れとしてはソーシャルメディアが普及し、市民一人一人が世界中に発信する術を手に入れているように見えます。今や群衆は中央集権的、権威主義的な力と拮抗する、もしくは超える力を持ち始めているのでしょうか?
また、「ニューパワー」と「オールドパワー」は使い分けられるべきなのでしょうか?
オンラインに頼りがちな「ニューパワーモデル」というのは長続きするものなどでしょうか?
ジェレミー・ハイマンズとヘンリー・ティムスによる、“New Power”は、「ニューパワーモデル(「参加」や「対等な関係」を促進するモデル)」と「オールドパワーモデル(「規則の順守」や「消費」のみを求めるモデル)」、「ニューパワーの価値観」と「オールドパワーの価値観」の4象限に分け、それぞれの象限の特徴や、複数の象限を使い分けて成功した例や、知らず知らずのうちにポジショニングが変わったために支持を失ってしまった例など、豊富な事例を紹介し、これらの問いについて解像度を上げてくれています。
#MeToo 、フェイクニュースはなぜ起こったか
オープンな環境で、参加者一人一人がリーダーシップや自主性を発揮して大きな流れを生み出すダイナミズムの事例として、#MeToo、オバマ前大統領の選挙キャンペーンや、ISIS のリクルーターとなった女子学生、治験のクラウドソーシングの事例などを取り上げながら、ミームやハッシュタグが連鎖的な勇気ある行動を呼び起こすのか、なぜボトムアップの活動が権威的なアプローチよりも共感を生むのかなど、ニューパワーモデルの可能性を示しています。
一方で、トランプ大統領の勝利に代表される、オールドパワーモデルも健在ですし、ニューパワーモデルを取り入れようとしたNASA内での内部の意見の対立は、「参加の権利」や「参加の正当性」に対する価値観に、依然として大きな開きがあることを示しています。
既存の医療では解決できなかった症状を治験のクラウドソーシングにより解決するといった事例は、参加の正当性について明るいニュースとなった一方、トランプ大統領戦で明るみになったフェイクニュースの流布については、オールドパワーが群衆の力を活用することで、世論を意図的に歪めて当選を果たした一例となりました。「群衆の力が権威により利用される場合もある」という警鐘を鳴らすこととなったのです。
ニューパワーモデルでリーダーシップを発揮するには、3つの当事者のバランスを重視することが大切だと本書は述べています。オールドパワーモデルでは、権力を持つグループが全てを計画していたのですが、ニューパワーモデルでは、「スーパー参加者」という存在が欠かせません。彼らはより参加者の立場に近い距離で、それぞれのコミュニティとプラットフォーム間を取り持ってくれる存在です。スーパー参加者のモチベーションが下がると、いくら盛り上がったムーブメントも瞬時にして縮小する恐ろしさを、インビジブル・チルドレンの事例は示してくれています。
また、本書は企業や政治が形だけニューパワーモデルを真似することは失敗につながると指摘しています。ペプシのキャンペーンやスターバックスのシュルツ社長が考案したキャンペーンなどの事例では、群衆に共感されない「上から目線」のアプローチがいかに逆効果を生む場合があるかを示しています。
「参加するのが当たり前」のミレニアル世代やZ世代
本書では、バートランド・ラッセルによるパワーの定義「意図した効果を生み出す能力」を紹介していますが、オールドパワーモデルに全ての意思決定を委ねてしまうと、参加の権利を日常生活で味わっているミレニアル世代やZ世代、すなわちニューパワーの価値観で生きている世代の支持を得ることは難しくなっていくことでしょう。
デジタルネイティブとも言われるミレニアル世代やZ世代の多くは、小さな頃からオンデマンドのプラットフォームに親しみ、ニコニコ動画やYoutubeのコメントのように、自ら参加できるということに慣れているだけでなく、同時に複数のコミュニティに所属しているため、長期的なロイヤリティを保持するのは容易ではありません。
インビジブル・チルドレンの例は、活動の幅を拡大するために、従来のステークホルダーではない著名人などを頼り始めたことで、今までの活動を支えてきたスーパー参加者の意欲を削いでしまったことが残念な結果につながりました。
ニューパワーモデルは良い方向にも悪い方向にも振れる可能性があるため、長年献身的に社会運動に取り組んでいたとしても、1つのきっかけでドミノは崩れることがあります。ニューパワーモデルを取り入れていきたいプレイヤーは著者が提唱する「4つの問い」をしっかり吟味すべきでしょう。
また、既存の団体がニューパワーモデルを取り入れて成功するためには、「シェープシフター(変身能力者)」という既存組織の変革のお膳立てができるリーダーの存在が欠かせないことも、レゴ社の例で示しています。
4つの問いの紹介 (本書 p.263より)
さらに、ニューパワーモデルや価値観を取り入れる場合に、オールドパワーモデルと使い分ける事で大きな成功を収める場合もあることを、NRA(全米ライフル協会)やTEDを例に示しています。特にNRA という銃を保持する権利を主張する団体が、従来型のロビイングだけではなく、長年地元の環境保護団体などを支援してきたことで、ボトムアップで銃規制に反対運動が起こり、結果的に規制法案が否決された例は、拡散力を持った忠誠心の高い支持者を抱えることがもたらす今の時代ならではのパワーです。
失望する市民に必要なのは「自ら社会に参画すること」
さて、これからの時代、群衆がパワーを手に入れるための正解はあるのでしょうか?
本書は、テクノロジーの急激な変化や広がる所得格差に絶望や不安感が高まる世の中で、運命はわずかなエリートの手の中にあるわけではなく、自らにもあると思える人を増やしていく必要性を提唱しています。
多くの人々が自分ではどうしようもない状況に追い込まれたと感じているために、トランプのような権威主義の大統領に熱烈な支持者が現れるというのが近年フィリピン、ブラジルなど各国で散見されています。絶望による死とトランプ大統領への支持への予測因子に相関性があるというアンガス・ディートン氏(ノーベル経済学者)による研究も非常に興味深いデータで、自らのパワーが感じられなくなった人たちが権威主義に拠り所を求めている姿が浮かび上がります。
このような危うい社会情勢の中、現状を打破し、より多くの人たちに良い社会を築くために、著者は「フル・スタックソサエティ」を築く重要性を提案しています。フル・スタックというのはソフトウェア業界で使われる言葉で、OSからユーザーが触れる画面まで、サービスを支えるために必要な機能のレイヤーを指しています。社会においても、「市民が深い意味で継続的に多層的に参加できる世界」が今こそ必要だと述べています。
幸福の調査では、人のために何かを行うことや、自分より大きなものに関わることは、幸せな人生に大きく影響するそうです(注)。だとすると、入り込む余地のない社会というのはミレニアル世代やZ世代にとってはとても息苦しいものでしょう。自分には何もできないと絶望するのではなく、フル・スタック社会で市民一人一人が関われる社会を産官学民で連携して実現すべき時がきているのではないでしょうか?
フルスタックソサエティに加え、「民主主義の分割化(unbundling democracy)」という言葉も本書で出ていましたが、ニューパワーリーダーが育つことで、密室政治ではなく、開かれた対話の場が市町村レベルから国政まで増えてほしいものですね。
注:https://www.psychologytoday.com/us/blog/do-something-different/201402/happiness-is-not-feeling-it-is-doing
10のうちGiving と Meaningを指している 。
執筆者プロフィール:竹村 詠美
一般社団法人 FutureEdu 代表理事、一般社団法人 SOLLA 共同代表、Peatix.com 共同創設者
1990年代前半から経営コンサルタントとして、日米でマルチメディアコンテンツの企画や、テクノロジーインフラ戦略に携わる。1999年より、エキサイト、アマゾン、ディスニーといったグローバルブランドの経営メンバーとして、消費者向けのサービスの事業企画や立ち上げ、マーケティング、カスタマーサポートなど幅広い業務に携わる。2011年にアマゾン時代の同僚と立ち上げた「Peatix.com」は現在27カ国、350万人以上のユーザーに利用されている。現在は教育、テクノロジーとソーシャルインパクトをテーマに、次世代育成のため幅広く活動中。未来の学びを考える祭典、Learn X Creation (ラーン・バイ・クリエイション) 事務局長、 Most Likely to Succeed 日本アンバサダー、Peatix.com 創業者兼相談役、総務省情報通信審議会、大阪市イノベーション促進評議会委員なども務める。二児の母。
※同著を「翻訳者自らが語る! おすすめ翻訳書の魅力」にて取り上げた記事はこちら!
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