心を手当てその3

『NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法』

担当編集者が語る!注目翻訳書 第8回
NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法
著:ガイ・ウィンチ 訳:高橋璃子
かんき出版 2016年9月出版

いい原書に出合う方法はあるのか?

編集者が原書と出合う方法はさまざまです。
一般的には、翻訳エージェントの担当者に紹介していただいたり、あるいはブックフェアでのミーティングで権利者に勧められたりというのがほとんどで、そこからたくさんのベストセラーが生まれているというのが現状における成功パターンでしょう。その一方で、時には翻訳者や原著者の関係者から紹介してもらうこともあります。
いずれにしても、いかに良書に出合えるか、見つけられるかが翻訳書を担当するうえで重要なことだと思います。

「気になる原書に出合いました」

翻訳者・高橋璃子さんのこのひと言から始まるメールで紹介していただいたのが、邦題『NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法』の原書、NewYorkTimesベストセラー“Emotional First Aid”でした。

著者ガイ・ウィンチ氏のTEDトークを観れば、原書の内容がよくわかるうえ面白いということで、早速視聴。絶妙な間の取り方と包容力のある優しい語り口に見入ってしまい、あっという間の約17分。著者の人柄のよさが伝わってくる内容に思わず引き込まれました。
プレゼンの同書に関するポイントを簡単に示すと次のとおりです。

指を切ったとき → 傷口を洗ってばんそうこうを貼る。
風邪を引いたとき → 暖かくしてゆっくり眠る。
心がグサッと傷ついたとき → どうする??

ケガをしたり、風邪を引いたときにどれすればいいのかは、10歳の子どもでもすぐに答えられるでしょうが、心が傷ついたときにどうすればいいのか?
10歳の子どもだけでなく、大人でもすぐには答えられそうにないですね。
ガイ・ウィンチ氏は、原書の冒頭で次のように問いかけて、その理由を教えてくれます。

私たちは体の不調をうまく手当てできるのに、なぜ心の不調になるとお手上げなのでしょう?その答えは、心の手当ての方法を学んでこなかったからです。

その原書は、日本の読者に受け入れられるのか?

たしかに、心を手当てするなどという方法は、心理学の臨床コースを受講しない限り、一般的に学ぶ機会はないでしょう。それでも現代人の心は日々のストレスで疲れ果て、傷つき痛みを負っている人が増加する一方です。書店の心理学のコーナーには入門書をはじめさまざまな類書が並んでいますが、それらは心の問題に対する読者のニーズがどれだけ高いかの現れでしょう。そうした状況にあって、「自分で心を手当てする」というテーマが受け入れられないわけがありません。

同原書で扱っている心の傷は大きく分けて7つです。

心の傷1 失恋、いじめ、拒絶体験(自分を受け入れてもらえなかったとき)
心の傷2 孤独(誰ともつながっていないと感じるとき)
心の傷3 喪失、トラウマ(大切なものを失ったとき)
心の傷4 罪悪感(自分が許せなくなったとき)
心の傷5 とらわれ、抑うつ的反芻(悩みが頭から離れないとき)
心の傷6 失敗、挫折(何もうまく行かないとき)
心の傷7 自信のなさ、自己肯定感の低下(自分が嫌いになってしまったとき)

どれも日常で経験しがちな心の痛みや傷にフォーカスし、セラピストならではの共感しやすく説得力のあるさまざまなエピソードを紹介しながら応急処置の方法を教えてくれます。
さらに各章の中では、それぞれの心の傷に対する応急処置の方法と専門家の助けが必要かどうかの判断基準まで説明されているので、自身で実践しやすくなっています。まさに、自分で心を手当てする方法です。

たとえば、2番目の心の傷「孤独」について、ガイ・ウィンチ氏がどのように捉えているかご紹介します。

孤独が長引くと、寂しさや満たされない気持ちを感じるだけでなく、うつ病や自殺願望、攻撃性、不眠などの症状が出てきます。心の問題だけではありません。孤独によって、高血圧や体重増加、コレステロール値の上昇、ストレスホルモンの増加、免疫力の低下といった身体的な不調が起こることがわかっています。……さらに、孤独な人は判断力や注意力が鈍り、意思決定が困難になります。アルツハイマー病の症状も進行しやすくなるそうです。

そのうえで、著者は順を追って孤独が引き起こす症状を具体的に紹介しています。

症状1 すべてがネガティブに見えて、疑心暗鬼になる
症状2 孤独のあまり、孤独を呼び寄せてしまう
症状3 対人スキルが低下する

いかがですか? とても気になりますね。自分自身もそうですが、家族や職場の同僚など身近な人のことが頭に浮かんだ方も少なくないでしょう。
誰もが陥りそうになる孤独感ひとつをとっても、放置しておくと傷は大きくなる一方で簡単には治らなくなると、ガイ・ウィンチ氏は述べています。
そのうえで、自分でできる手当ての方法として、次のようなことを勧めています。

手当てA ネガティブな色眼鏡をはずす
手当てB 自分のマイナス行動に気づく
手当てC 相手の立場で考える
手当てD 共感力を高める
手当てE 出会いのチャンスを増やす
手当てF ペットを飼う

実際には、それぞれの手当てで段階ごとに試みるべきステップやエクササイズを丁寧にやさしく説明していますので、孤独感に陥っている人は試してみる価値が十分にあります。しかも、著者の主張は臨床経験と最新の心理学のジャーナルから研究報告を引用してサポートされているので、再現性がありどれも安心して実践できます。

著者第2弾として「不満を上手に伝える方法」を出版

そして2018年5月、ガイ・ウィンチ氏の著書でNYTベストセラー『The Squeaky WHEEL』を翻訳書第2弾として、邦題『NYの人気セラピストが教える 不満を上手に伝える方法』(花塚恵訳)を出版しました。
第2弾は、相手との関係を壊さずに不満を上手に伝える方法です。前作と同様、著者の人柄のよさが伝わってくる内容で、日常で遭遇するさまざまな不満とどう付き合えばいいのか、不満を解消するには何をすればいいのかなどについて、豊富なエピソードと研究報告にもとづいた信頼できるアドバイスをわかりやすく説明してくれています。

ガイ・ウィンチ氏は、私たちが日々抱く「不満」を次のように捉えています。

私たちが口にする不満のほとんどは、精神衛生に影響を及ぼすほどのものではない。しかし、そういう小さな不満も積み重なれば、肯定的な発言や褒め言葉が影を潜める。その結果、日常生活で不満の占める割合が大きくなる。

そのうえで、不満を抱いても放置していることの悪影響について次のように指摘します。

不満は確実に積み重なっていくため、気分や心理に及ぼす影響は計り知れない。不満を伝えても何も変わらなければ、自己肯定感が損なわれて鬱や神経症になりかねないし、仕事に支障をきたすおそれもある。

穏やかではないですね。単に不満に思ったことだと看過していると、心や身体に悪影響を及ぼし、それが積み重なっていくというのですから。日々の不満にそのような負のスパイラル効果があるのであれば、なんとかしたいものです。一方で、著者は不満を解消することで得られる効果を説明してくれています。

その反面、不満を声に出して解消することができたら、自分に自信が生まれる。自分の意志を主張できた、自分で問題を解消できた、自分にはそれだけの力があるという実感が生まれる。
……そうすれば、自己肯定感が向上し、自分にできるという自己効力感が強くなる。ほかにも、鬱に陥りにくくなる、人間関係がよくなる、パートナーとの関係が持ち直す、友情が深まるといった効果も期待できる。

そして著者は、怒りや苛立ちを発散させるためだけに、不満を口にするのはもったいないことだと主張しています。さらに、「不満セラピー」や「不満はサンドイッチにして伝える」など著者独自の言葉で、次のような日常の場面などにおいてどのように対処すればいいのかを丁寧に教えてくれます。

・夫婦や恋人のあいだで上手に不満を伝えるには?
・10代の子供に親が不満を効果的に伝えるには?
・不満を言われたときに上手に対応するには?

ここまで読んでいただいた方は、ガイ・ウィンチ氏の人柄のよさ、そしてコンテンツの魅力をすでに感じていただいていることと思います。手に取って読んでいただけましたら、きっと実感できることでしょう。

ガイ・ウィンチ氏の著書2冊を翻訳出版しての概観

以上、ガイ・ウィンチ氏の著書2冊を翻訳出版してきた経緯を簡単にご紹介してきました。それらを振り返って思うことは、原書との出合いから販促にいたるまで、すべてにおいてたくさんの「人」の協力があってこそだということです。
いい原書に出合えるかどうかは、きっといい人との出会いと同じこと。そして出会った人たちとの関係を築いて保てるからこそ、いい原書にも巡り合えるのではないでしょうか(ただし、私自身ができているかどうかは別の話です)。
幸運は、「人」が連れてきてくれる。
他力本願のようですが、私はそのように思います。

執筆者:朝海寛 (かんき出版 編集部)


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