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【連作短編小説】月が変わるとき③

ライブと銃とCD

1:宮本亜紀智

「お前の曲なんか、誰も覚えちゃいない、みんな消失のことしか考えてない」
 そう言ったとたん、拳がとんできた。言った男はめまいを感じた。それほど、そのパンチは強かった。
「なにすんだよ」
「黙れ」二発目が飛んできた。こうなると殴られたほうも黙っていない。
つかみ合いの喧嘩になった。
 二人を引き剥がすのに、男が六人必要だった。

「仕事中になにやってんだ」
 所長が怒鳴っても、二人とも悪びれる様子もなく、ムスッと、しかめ面を崩そうとしない。顔が腫れ上がっていて、その様子はどちらも同じ程度だったから、顔だけ見れば引き分けといえる。作業中に殴り合いをしたことは、即、所長の知るところとなり、呼び出され説教を喰らっているのだった
 所長は何もいわない。次はお前らが応える番だ、ということなのだろ
「宮本がいきなり殴ってきたんです」
「いきなりじゃねえ。てめえが俺をバカにしたからだ」
「バカになんかしてねえ」
「黙れ」所長の声が響き渡る。
「鈴木、お前は本当に何もいっていないのか?」
「はい」
「宮本、お前はなにを言われたのだ」
「音楽をバカにされました」
「してねえ」鈴木が抗議するが、宮本は無視して、続けた。
「お前の音楽など、誰も覚えていないって」
「どういうことだ」
「こいつが、音楽には人を救う力がある、っっていうんで、お前の音楽なんか誰も覚えてないって言っただけです」と鈴木。
 <消失下>のアーティストらしいやりとりだ、と所長は思った。彼自身、クラシックギターのアーティストでもあるのだ。だから鈴木の気持ちも、宮本の気持ちも良く分かった。
 <消失下>では、音楽、写真、絵画、映画、その他芸術は優先順位が低く設定されている。そのため、これらにたずさわるものは、<兼業>をしなければならない。
 宮本も、鈴木も、そして所長ですら、アルバムを何枚もリリースしたことがあるプロのアーティストだ。しかし、活動が大幅に制限され、政府指定の工場で働く日々が続いていた。
 芸術などにうつつを抜かしているヒマがあれば、もっと現実的なことをしろ、それが政府の本音だ。
 彼らは、食品工場で、働いている。もう何年も音楽活動は行っていない。
 「俺が子供のころ、学校の授業のことで論争があったんだ。音楽や図工の時間を減らして、代わりに算数とか国語とか、役に立つ勉強に時間を割いたほうがいいのではないか、そういう論争だった」
 二人は黙って聞いていた。
「結果、音楽、図工の時間は減った」
 宮本の表情が替わった。鈴木は相変わらず黙っている。
 所長は続けた。
「まだ、<消失>が起きる前のことだ、芸術はそういう目で、ずっと見られてきた」
 宮本に向かって、
「お前の音楽は、俺は好きだよ。きっとファンは忘れたりはしないだろう」
 鈴木に向かって、
「いまは、皆、おびえながら生きている。みんな余裕がない。俺たちも含めて…。さぁ、仕事に戻れ」
 二人は事務室を出ていった。持ち場に戻る途中、宮本亜紀智みやもとあきともは、ある決意をした。
ーーいまだからこそ音楽が必要なんだ。俺が証明してやる。 

2:提深智

 それを知ったとき、彼女は絶対参加しようと、心に誓った。もちろん、これは法をおかすことになるのは承知の上でだ。
 覚悟はできている。
 堤深智つつみみちは、本棚からCDを一枚取り出した。
 大好きなAKITOがボーカルを担当している『KCシザーズ』のアルバムだ。彼らは5枚、アルバムをリリースしているが、深智が手に入れることができたのはこの一枚だけ、そして、おそらく、このロックバンドがアルバムをリリースすることはもうないだろう。
 両親が消失し、さらに里親も消失した経験をもつ深智は、人生に絶望していた。
 ーーなんでこんな時代に生まれてきてしまったんだろう。
 命を大切にと、教わってきたけれど、ゲームみたいに月替りに人が消える世界では、大切にしたくても、方法がわからない。
 彼女は今年、成人を迎え、孤児院を出て、働き始めた。ある休日、ふらっと訪れた公園で開催されていたフリーマーケットでこのCDを見つけた。
 音楽なんて興味なかった。政府から支給されたノートパソコンで、ダウンロードすれば無料で、大抵の曲は聞くことができる。でも、どれも深智の心には届かなかった。
 命を大切にしよう、だとか、希望を持って生きよう、だとか、そんな事ばっかり伝えていると、深智は感じた。
 ーーそんなことできるわけ無いじゃん。
 だが、そのCDは違った。
 『時間の装飾』
 タイトルの意味が、深智には理解できなかった。
 思わず手に取った深智に、店主が、
 「音楽は時間を装飾する唯一の方法、って意味」
 と、声をかける。
 その言葉の意味も、すぐには理解できない。キョトンとする深智に、店主は、「聴いてみるかい」といって、ポータブルCDプレーヤーを差し出した。
 話には聴いたことがあるけれど、実物を見るのは深智は初めてだった。イヤフォンをかけると、店主が再生ボタンを押してくれた。

戦争に行ったら、ぜったい生きて帰ってこいよ
どんなだったか、知らせてくれよ

 ロックなくせに、バイオリンがフィーチャーされていて、優しい感じがした。
 歌詞は強烈なのに、聴いていて、心が侵されたりはしない。きっとこのヴォーカルの声が優しいから、そうならないんだ。深智は一瞬で魅了された。
 
膝を抱いて 戦争怖いなんていうな
死ぬの怖いなんていうな
挑んで 傷つき 臓物晒して 
それでも笑顔が、ヒトってもんだろ

 この時代に、こんなメッセージをくれる人がいるなんて。
 購入したい、という深智に、店主はポータブルCDプレーヤーもつけて、1000円でいいと、笑顔で言った。
 
 それ以来、何回聞いたかわからない。CDプレーヤーはすぐ壊れてしまったけど、職場の同僚にCDからパソコンにおとしてもらって、スマートフォンで聴いている。
 すべての曲が大好きだが、やっぱり『笑顔という君の弾丸』は最高だ。あのときの衝撃は今でも薄れない。
 深智に希望を与えてくれた、AKITOが『KCシザーズ』をひきいて、今度の月替りに、ライブを行うというのだ、何があっても、絶対に参加する。
 わくわくして、体温が上昇していく感じがする。堤深智は、生まれてはじめて、生きていてよかった、と思った。
 頭の中でAKITOがシャウトしている。

笑顔はお前の弾丸だ
鉄重ねても穿ってやるぜ
お前が穿った穴のぞきゃ
むこうも笑顔を撃ってくる

 3:芝園のどか


 それを知ったとき、彼女は「潰す」と心に決めた。
 音楽は人を救うことなどできないから、潰す。
 
 芝園しばぞののどかは人を殺したことがある。理由は簡単、殺してくれと頼まれたから。恋人だった。お互い孤児で、孤児院を抜け出して、同じような境遇の連中とつるんで、好き放題の毎日のなかで、彼と出会った。
 恋人と、そして仲間たちと路上でやりすごす月替り。さっきまでいたやつが、瞬きする間にいなくなっている。
 のどかは<消失>に何の意味も見いださない。人が消える、それだけ。恐怖なんか感じない。
 恋人も同じ考えだと思っていた。<消失>のことをロシアンルーレットみたいだと笑い飛ばしていたから。
 でもそれは偽りだった。仲間の消失を目の当たりにし、彼は次第におかしくなっていく。
 ある日奇声を発し、「もうたくさん」だと泣き崩れた。
 仲間の視線が「あんたの役目だよ」と、のどかを促す。
 のどかはうずくまる彼に話しかけた。
「死にたい?」
「耐えられない。いつか死ぬなら、もう死にたい」
「殺してほしい?」
「頼む」
 ほんとにいいんだね、なんて、のどかは聞かなかった。そんなことしたって何の意味もないと思ったからだ。
 ポケットから、回転式拳銃を取り出し、彼の眉間を撃った。
 彼が笑っているように見えた
 
 あのときの母は笑っていただろうか。
 
 お前が穿った穴のぞきゃ
 むこうも笑顔を撃ってくる
 

「はるかちゃん、音楽はね、とてもいいものなのよ」
 母の言葉がよみがえる。

 ーーよくねえよ。
 彼の死体を見下ろしながら、のどかは思った。

 のどかが物心ついたときはすでに父親は<消失>していた。母は周囲や自治体に再婚を勧められたが、断り続け、ひとりでのどかを育てた。
 優しい母親だったが、唯一の欠点が、けたたましい音楽を好んで聴くことだった。
 「おかあさん、また、それ聴いてるの?」
 「いい曲でしょう」
 「KCシザーズだっけ? 変な曲。音量下げてよ」
 「のどかには、まだ早いかもしれないけど、いつかこの曲の素晴らしさがわかるときがくるわ」
 のどかはCDを取り、ジャケットを見た。
 『時間の装飾』
 なんだそれ。

 母は月替りのとき、必ず『笑顔という君の弾丸』という曲をかけた。のどかが、
どんなに抗議をしても、これだけは譲らなかった。
 「この曲を作った人がね、『これは月替りの瞬間に聴いて欲しくてつくった』っていってるから」
 そう言われて、少しは理解しようと、のどかは思い、歌詞カードを読んでみたが、ろくなもんじゃなかった。臓物とか、戦争行けとか。
 これつくったやつ、相当ストレス溜まってんな、が、のどかの結論である。

 その日も、あの曲が流れていた。
 うわさでは、消失するとき、人は砂のようになって、風が吹いたみたいに、さっと散っていくということだったが、ただ消えた。
 でも、母の声だけが、一瞬残った。
 はっきりと覚えている。
ーー音楽は、わたしを救ってくれました。

 母が消え、自分が残った。のどかは、あのCDを捨てた。
 母は、ああ言ったけど、救ってもらえなかったじゃない。
 
 母を救えなかった曲を、作った奴が、月替わりにライブを行うという。
 のどかは、拳銃を取り出し、残弾を確かめる。
 一発残っている。充分だ。
 
 
 
 
 


 



4:ライブ

 告知はストリートアートで行った。わかりにくいのが難点だったが、それでも20人ぐらいは集まってくれている。自分の思いが空回りに終わらなかったことが宮本亜紀智はうれしかった。
 ライブはすでに二曲目に入った。
 メンバーは二つ返事でOKしてくれた。ただ、バイオリン、キーボードの担当二人が<消失>していたので、欠けている。
 場所は、東京都内で唯一残っているライブハウス跡だ。KCシザーズもかって何度かライブを行ったことがあった。
 最初は、久しぶりなだけに、観客もぎこちなさを隠せなかったが、徐々に緊張がほぐれ、一体感が醸造されつつある。
「AKITO!」掛け声があがる。
 二曲目終了。
「ありがとう。ところで今日一番遠くから来ている人って、いるのかな。あたしが一番遠いっていう人、手挙げて」
 亜紀智の問いかけに、二、三人が挙手した。
「キミ、どこから来たの、名古屋! ありがとう。そこのキミは? 茨城。ホントにありがとう。奥のワンピースの彼女は? 北海道! マジで! うれしいな、ありがとう」
テンションが上がってくる。
「では次の曲、『橋の上で』」

その橋は 怖い
渡った奴らは戻ってこないんだ
でもそれって
むこうで元気にやっているってことなんだろ

 
ーーこの曲は、そう、消失した仲間へのエールのために作られた曲だ
 堤深智は、ノリこそおとなしめだが、ライブを心底楽しんでいた。自分も声出ししたいところだが、ちょっと恥ずかしい。はじめてAKITOを生で見たが、想像よりもずっと若い。そしてパワフルだった。
 あと10分ぐらいで新しい月を迎える。もし消失しても…。いや、いまはこの瞬間を楽しもう。
 深智は笑顔になっていた。

 のどかは、拳銃の重みを感じながら、最後部のかべに寄りかかって、様子を眺めていた。ここはかび臭い。
 連中の曲も、ただうるさいだけだ。
 ものすごく不快。
 彼女は時計を見た。月替わりまで10分を切った。
 そろそろか?

「『橋の上で』でした。…みなさん、あと、7分ほどで、新しい月を迎えます…」
 AKITOこと宮本亜紀智は観客たちを見回した。
「はっきり言うね。全員が消失するかもしれない。何人かは生き残るかもしれない。今日はここへ来てくれてありがとう」
 亜紀智はうつむき、そして顔をまっすぐあげた。
「このギスギスした世の中で、進むために捨てなきゃならないものがあることはよく分かってる。でも、音楽は人を救うことが出来る、ということをどうしても証明したかった。だから、ライブを行った…。では、一緒に新しい月を迎えましょう」
 ドラムがリズムを生み出し、ギターが牽引し、ベースが低音をくわえて加速する。

戦争に行ったら、ぜったい生きて帰ってこいよ
どんなだったか、知らせてくれよ

ーー 笑顔という君の弾丸、だ。
 深智は、拳をつくって、高く掲げた。
「AKITOOOOOOOOつ!」
 思わず、声が出た。

ーーやっぱりこの曲か。
 のどかは、拳銃を取り出した。取り出してはみたものの、さて、どう使うか?
 ヴォーカルを撃つか。それが手っ取り早い。だがちょっと話をしてみたい。
 曲が始まったとき、大声でヴォーカルの名前を叫んだ女に目がいった。
ーーちょうどいい。
 のどかはその女に近づくと、後ろから抱きしめるように拘束し、彼女の右耳の上あたりに銃口を押しつけた。

 ステージ上の亜紀智からは、すべてが見えた。

 深智はそういうファンだと思った。
 熱狂のあまり、他者に身体を押しつけてくる。胸の膨らみを感じたから女性だ。男なら、困るが、女の子なら、まあ……。と思ったのもつかの間、右のこめかみあたりに金属の感触を感じた。
ーー何?
 「演奏やめなよ、でないとこの撃つよ」
 怒声が響く。耳元でそんなに大きな声出さなくったって……。
 撃つ? 何を。この娘って、私のこと?
 
 まずドラムが止まり、ベースも演奏をやめた。ギターは集中しすぎていたせいで、すぐに事態に気がつかなかったが、客席のざわめきに、ようやく手を止めた。
 宮本亜紀智は、マイクスタンドに手をかけたまま沈黙した。
「なぁにが、音楽は人を救うことが出来る、だよ。寝ぼけてんのか。救えないんだよ、何も、誰も」
  のどかは叫ぶ。
「あたしの母親も、同じことを言っていたけど、消えたよ。この曲を聴きながら、消えていったよ」
 ひとり、またひとりと観客がうつむく。現実が急にのしかかってきたのだ。
「AKITO、歌って、私たちを救って」
 顔を上げた亜紀智の目に映ったのは、銃を突きつけられながら、拳を高く掲げた女性の、満面の笑顔だった。
「歌い続けて、ここにいる人みんな、この鉄砲を持ってる人も含めて、みんなを救って」
 亜紀智はうなずくと、銃を持った女に問いかけた。
「名前は?」
「のどか」言いたくなかったが、まあ、どうにでもなれ、と、のどかはやけになる。
「のどか、君のお母さんは、この曲を聴きながら消えてしまったそうだね」
「それが何?」
「お母さんは……」
  亜紀智は、のどかに微笑んだ
「お母さんは笑顔だったかい」
「……」

笑顔はお前の弾丸だ
鉄重ねても穿ってやるぜ

 亜紀智が歌い始めた。
 そしてギターが、ベースが、ドラムが彼に続いた。
 あと14秒で、月が変わろうとしていた。

ーーお母さんは笑顔だったかい。
 笑顔で死ぬ人間がどこにいるんだ、と、のどかのなかで黒いものが頭をもたげていく。
ーーこの女じゃなくて、あのヴォーカル、撃ってやろうか?


お前が穿った穴のぞきゃ
 あのときの母は、
むこうも笑顔を撃ってくる
 
 消える直前まで……

 母の笑顔がよみがえってくる。
 
 笑っていた。笑っていたんだ。

 あと5秒で、月が変わる

 のどかははっきりと思い出した。

 あと4秒

 母は笑っていた。
 
 あと3秒

 そして、自分が銃を突きつけている、見知らぬ女も

 あと3秒

 笑っていた。義務ではない、心の底からの笑顔を浮かべて。

 あと2秒

 救われているの? みんな

 ふいに、ガクンと力が抜けた気がして、のどかが確かめると、女が消えていた。
彼女にぴったりと密着させていたはずの銃口は、空に向いていた。

 観客の半分以上が消えていた。
 ステージ上では、宮本亜紀智だけが、立ち尽くしていた。
 静まりかえった、室内に、金属音が響く。
 のどかが銃を落としたのだ。

「あの娘は、笑っていた?」
 亜紀智は涙を流していた。
「うん」
 のどかはうなずいた。
「俺の歌は、みんなを救えただろうか」
 返事の代わりに、のどかはステージに駆け上がり、宮本亜紀智に抱きついた。彼も強く彼女を抱きしめる。

(終)


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