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【連作短編小説】月が変わるとき①


いつから始まったのか、月が変わると人が消失するようになった。原因は不明。解決策もなし。人はただ祈るしかない。

1:家族

 大石おおいしは時計を見た。
 20××年4月30日 23:57
 あと3分ほどで、月が変わり、5月になる。
 また、このときがきてしまった。
 大石はいま社長室にいる。社長室とはいっても一般のイメージとは違い、飾り気のない、ただの個室だ。社員13名の、コンサルティング会社を若干27歳のときに立ち上げ、ちょうど30年たつ。
 小ぶりの応接用ソファーに座っていた。テーブルの上にはノートパソコンが置いてある。部屋の照明は落としてあり、液晶画面から放たれる、ボウッとした輝きが唯一の明かりである。
 彼はふと思い立ち、ノートパソコンを操作した。
 
 ねえ、三人とも無事だったら、みんなで旅行に行かない?

 最愛の妻の、最後のメッセージ。彼女はこれを送信した13分後に、〈月替わり消失〉で、大石の前から永遠に姿を消してしまった。残された娘と二人で号泣したのを昨日のことにように思い出す。

23:58
 大石は目を閉じた。
 当然のことながら、あと2分で、大石自身が消えてしまうことだってあり得る。それは避けることができない運命。
 会社には愛着があるが、部下たちは、みな優秀だ。きっと、うまく引き継いでくれるだろう。未練はない。
 大石は娘に思いをはせる。妻がいなくなったいま、唯一の家族だ。心配だ。とても心配だ。娘は成人しているが、一人暮らしをせず、父親のために家事一切を引き受けてくれている。
 大石は目を開くと、脱いで放ってあったジャケットを取り、ポケットからお守りを取り出した。小ぶりのそれは、娘が大学の卒業旅行のお土産として買ってきてくれた。〈月替わり消失〉から守ってくれる力があるということだ。
 娘も同じものを持っている。妻も同じものを持っていた。

23:59

 緊張してきた。どうか、自分も、社員たちも、そして娘も、誰ひとり欠けずに5月を迎えることができますように。大石はお守りを握りしめ、再び目を閉じる。
 ふいに緊張が解けた。不気味なほどリラックスしている。さらには、身体が宙に浮いているような不思議な感覚がある。いったい、これは……。
 大石は目を開いた。
 特に異常はない。ソファーに座っていて、宙に浮いていることもなかった。
 時計は……
00:00
 を表示していた。

 大石はそれから5分ほど待つと、ノートパソコンを操作して、メーラーを開いた。社員の安否を確認するためである。無事だった者はメールを送信するよう義務づけている。
 4人からメールが届いていなかった。
 自分が無事であることと、4名が〈消失〉したことをメールに書き、社員全員に送信したあと、大石は声を出して泣いた。
 一体こんなことに何の意味があるのか。だれがなんのためにこんな現象を起こしたのか。

 しばらくして落ち着きを取り戻した大石はスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを起動させた。
 ——たのむ、娘だけは……
 00:04分に娘からメッセージが届いている。本文はなく、ずっと昔家族三人で旅行に行ったときの写真が届いていた。
 娘と二人で決めた、無事を表すサインだ。
 大石は同じ写真を娘に送信した。






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