【読書】『虚像の天風 実像の三郎』を読む【中村天風】
……いや、別に世の中の中村天風ファンに喧嘩を売りたいとか、そういうわけではまったくないのだ。
評論家ぶりたいわけでもない。
ただちょっと今回は結構な時間を読書に費やしたので、流石に記事にしないのはもったいないなと思ったし、他にこの本について書いている人もいないからとりあえず文字にしとこうかな、というだけの話で。
なにせ中村天風といえば、そりゃもう凄まじい人気を博している自己啓発の人らしく、『運命を拓く』なんて評価数が「2.4K+」という凄いことになっており、関連本も無数に存在する。
講演内容を文字にした『成功の実現』なんて、定価が1万円越えで1988年の発売だというのに未だに売れているのだ。
更にはあの大谷翔平が影響を受けたという話もあるし、他にも影響を受けた人はものすごい数だという。
なんという錚々たるメンバーだろうか。
こりゃもう間違いなく素晴らしい教えが書いてあるのだろう。
更になんとnoteでも「中村天風」の含まれる記事が2000件もある。
そして実際のところ、自分が中村天風について知ったのはnoteを巡っていたのがきっかけだったのだ。
そんなわけで、ここ最近は図書館で借りた天風本を読んでいた。(買うと高い)
中でも、中村天風の日露戦争時代の軍事探偵としての大活躍や、病気を治すまでの奇跡の物語、あの孫文とのまさかのつながり、凄まじい資金と事業、歴史に名を残す超有名人や天皇とも普通に接しちゃう様子などは非常に面白く読めた。
「一人の人間がこんなに奥深い人生を歩めるなんて、人生って可能性に満ちているんだなあ!!」という感動とともに。
しかし、せっかくだからと追加で読んだ本によって、
その感動は見事に反転することになる。
読んだのは、『虚像の天風 実像の三郎: 中村天風のファクトチェック』。
平たくいうと、世の中にある天風の書籍や講演内容を集め、その整合性を調査した本である。
例えば、
中村天風は数々の歴史に残るレベルの有名人たちと交流を持ったと発言しているのだが、天風とその有名人がその時期に出会うことが可能だったのかを検証したり、
日露戦争での天風の華々しいスパイ活動は本当だったのかを当時の装備やら移動距離やら、あらゆる角度から検証したり、
「数々の事業に関わり頭取もやった」という発言に対して、実際に役員録などをあたり、そもそも会社が存在するのかについても調べたり、
「昭和天皇の講師をしていた」という発言に対して、「昭和天皇実録」の人名索引(重要な人から訪問先に出会った人まで2万2千人を網羅)をあたってみたり。
正直、各種調査だけでも膨大な時間をかけて書かれたものだなと思う。
著者の熱意が半端じゃない。(もはや天風ファンだと思う)
で、さっさと結論を言うと、
自分が感動に震えた中村天風の人生に関する話は、
尋常じゃない数の嘘で構成されている可能性が極めて高い。
もはや「講演者はちょっとくらい嘘つくよねー^^」とかいうレベルでは絶対に済まされないほどの嘘の数々。
(自分、さっきまですごい感動してたんですけど……?)
ちょっと前まで信じ切っていたものがここまで全否定される感覚はなかなか味わえない。
この読書は今までにない素晴らしい経験となった。
まあ自分の信じやすさも流石にちょっと問題だなと思ったけどね……。
(気をつけないとそのうち陰謀論とかにハマりそう)
この本を読んで思ったのは、「天風は”虚言癖”なのでは…?」ということだ。
この嘘の量は、かつて職場に居た虚言癖の人が思い出されて仕方がない。
その人は自分の立場を上げるためなら息をするように嘘を吐いていたが、有名人の名前を出して「自分は〇〇さんと関わりがあるんだ」と言うのは、まさに彼の常套句だった。(もちろん実際には関わりなどない)
天風の発言は、彼と同じものを感じる。
実際、天風が関わったとされる多くの有名人に関しては、著者の調べでは嘘である可能性が高い。(会えないはずの時期に会っている、関わりが深いはずなのに記述や写真が残っていない等)
ただ、この本の著者は天風を擁護していたのでそれも紹介しておこう。
著者いわく……
著者が言うには、天風は教えを広めるために講談的な面白さを活用したとのこと。
いかに正しい教えだろうが、堅苦しくてつまらない話なんて誰も聞きたがらない。
だから嘘や創作を織り交ぜてでも、面白く、注目されるようにと、天風は講談として人生を語ったのだと。
それに、他人の名声を利用して自分の価値を上げたり注目を集めたりするという手法は、よく聞くものではある。
その点で、「東郷平八郎や昭和天皇と関わっていました!」と喧伝するのは非常に有効だっただろう。
「あの東郷と!?こりゃすげぇ人だ!!」となるのは想像に難くない。
自分も「〇〇さんが推薦!!」という本の帯に引っかかりまくる人間なのでとてもよくわかる。
有名人の名前は威力抜群なのだ。
きっと大谷翔平の件で、天風本を読み始めた人も大勢いることだろう。
それに正直なことを言ってしまえば、読者はこれを自己啓発本として読んでいるわけで、語っていた人生が嘘だらけでも、教えがしっかりしていれば納得なのだろうと思う。
むしろ嘘の人生を信じていれば、「こんなに凄い人が言ってるからきっと正しい!これだけをまずやるぞ!!」というブースト効果すら発揮されていることだろう。
変に疑って真剣にならない人より、信じ切って振り切った人のほうが効率は良いのだ。余計なものに惑わされないから。
そして「教えが素晴らしければ嘘をつかれても問題ない」という思考は、この本(虚像の天風~)についた貴重な☆2レビューからも感じられる。↓
なんかもう最後の方は「なんでこんな本書くんですか!?」みたいな感じになっているが、嘘をつかれようが、それによって得たものが大きければ許してもいいと考える人はやはり居るらしい。
そういう人にとっては、むしろ真実を暴くほうが悪になる。
嘘の方がメリットがあるから。
でも正直なところ、個人的にはがっかりした。
なんでがっかりしたかといえば、自分は自己啓発的なあれこれの教えはどうでもよくて、『中村天風のハチャメチャ人生』をノンフィクションとして楽しんでいたからである。
でもそれが実際はノンフィクションではなく、嘘だらけのフィクションだったので「なんだそりゃ」というわけだ。
自分だって世間のノンフィクション本に嘘が一切ないなんて流石に思ってはいないが、天風の人生講談はどうにも嘘が多すぎる。
これはもうフィクションだ。
「ノンフィクションだと思ってたらフィクションだった」という展開ほど冷めるものはない。
別に天風の教えを否定しているわけではないのだ。
自分はただ、高野秀行氏の辺境本や、角幡唯介氏の死ぬ一歩手前の探検話などの「自分には出来ないすごい人生を送っている人間のノンフィクション」が好きなだけで。
まあこの「自分には出来ない」というネガティブ思考は天風哲学ではNGであり、松岡修造の「出来ないって言わない!!」などの名セリフも天風哲学から来ていたっぽいのだが……
それはまた別のお話。
天風の教え自体は「ポジティブになれ」「欲はあってもいい」「自分を信じろ」みたいな感じなので、背中を押してくれるものが中心となっている。
そしてたとえ人生の話が嘘だろうと、教えによって行動出来たことに感謝をする人間もいるというのは、先程のレビューを見てもわかる。
(教えを広めるために天皇ですら嘘に利用するのはさすがに凄いなとは思うけど…)
余談だが、天風は「霊感がどうのこうの」だとか、「種痘は意味がなかった(衛生環境の改善が云々)」などの発言もしているのだが……
そこはめんどくさいことになりそうなのでスルーで!!
嘘といえば、昔ひろゆきが嘘についてあれこれ言っていたのを思い出す。
「嘘をついたほうが得だとみんなが気付きはじめた」とかなんとか。
この2021年の記事から2年経ち、その流れは依然として続いているような気がする。
「2年で資産3億達成!LINE登録で情報教えます!!」みたいなものがSNSに溢れまくっている現在、相変わらず嘘は効果的なのだろう。
そんなわけで、長い読書を終えて感動したあとに、それを全部ひっくり返されるという貴重な経験をした。
これで実は『虚像の天風 実像の三郎』が嘘まみれだったという展開があったら3日くらい寝込みそうだが、不労所得で生きている人間ではないので一次資料をわざわざ自分で調べるつもりもない。
天風の人生話は講談ということで決着がついたことにする。
あと、この著者は次作も執筆中とのことなので、それも期待したいところだ。
次作では「天風と他の霊術家とのあれこれ」や、「教え」について深掘りがされるらしい。
正直楽しみ。
しかしやはり、あんな劇的な人生を送った人間は実在しなかったか……
……いやまてよ?
思えば高橋是清は相当な人生だったような気もする。
「奴隷から総理大臣になって、日露戦争での勝利を金融面から支え、あれやこれやで二・二六事件で死亡」って、よく考えずとも凄まじい人生だ。
これを機に、少し読んで積んでしまっていた高橋是清の自伝を最後まで読んでみるのもありかもしれない。
というか「偉人と関わってました」という人の本より、その偉人の本を読むべきだったんじゃないのか?
膨大な時間を使ったあとに、そんな当たり前のことに気づいた。
なにはともあれ、これからも読書をしていこう。
少しは書いてある内容に注意を払いつつ。