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デジタルが浸透した社会をどう生き抜くのか?『アフターデジタル』読みどころ

デジタル化やオンライン活用が加速しているという話は、今や多くの人たちが何度も耳にしたことがある話題だと思います。

今回取り上げる『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』は2019年に発売された書籍で、アフターデジタルとは「リアル世界がデジタル世界に包含される」という現象を捉えた言葉です。まさにデジタル化やオンライン活用の未来を提言した一冊ですが、2019年当時、日本ではまだアフターデジタルの世界がそこまで正しく認識されていなかったようです。

その後、新型コロナウイルスの拡大によって唐突にリアルの体験が奪われ、私たちの生活はオンライン中心に大きくシフトしました。おそらく今、多くの人が「アフターデジタル」な世界観をより身近に感じているのではないかと思います。だからこそ今回は、この本を改めて紹介したいと思います。

『アフターデジタル』はシリーズ累計20万部を突破しているベストセラーです。著者は株式会社ビービットの東アジア営業責任者/エクスペリエンスデザイナーの藤井保文氏とIT評論家の尾原和啓氏。藤井氏は金融、教育、ECなどさまざまな企業のデジタルUX改善を支援したのち、台北支社や上海支社に勤務し、現地の日系クライアントに対してエクスペリエンス志向企業への変革を促すコンサルティングを提供しています。尾原氏はマッキンゼーやリクルート、Google、楽天などで事業計画、投資、新規事業に携わり、産業総合研究所人工知能アドバイザーなどを歴任した人物です。

藤井氏は様々な日本企業の幹部に「中国デジタル環境視察合宿」を提供する中で、日本のビジネスパーソンに対して、「デジタルが完全に浸透した世界をイメージできていない」という危機感を抱きます。そこでウェブ上で発信やセミナー・講演を行ったところ、大きな反響があったことから、より多くの方々に届けようという思いで執筆したのが本書です。

「オンライン」ベースで考える思考転換の重要性

本書では「アフターデジタル」の社会を分かりやすく、「リアル(店や人)でいつも会えるお客様が、たまにデジタルにも来てくれる」のがビフォアデジタルであるのに対して、アフターデジタルは「デジタルで絶えず接点があり、たまにデジタルを活用したリアル(店や人)にも来てくれる」ような世界観であると、ビジネス視点で言い換えています。すなわち、これは「オフラインとオンラインの主従関係が逆転した世界」であり、「もはやリアルの方が「ツール」になる」とも述べています。なお、この考え方の転換ができるかが重要ですが、ビフォアデジタル的な世界観に浸かっていると難しい思考法となってしまうようです。

さらに著者は「完全なオフラインはもはや存在せず、デジタルが基盤になるという前提に立った上で、いかに戦略を組み立てていけるかという思考法が必要不可欠」だと、オンラインとオフラインを別々のものとして捉えるのではなく、デジタルを中心としたオンオフ統合の戦略を考えることの重要性を説いています。

常時デジタル環境に接続する社会では、多くの顧客接点が生まれ、リアル行動も含めた膨大な行動データが蓄積されることになります。企業は自社への顧客吸着度を高めるために、そのデータを活用して優れた顧客体験(エクスペリエンス)に還元していくという「新たな改善ループ」を高速で回すことで、新しい競争原理が生まれると言います。

もちろん、オフラインとオンラインの主従関係が逆転したからといって、オフラインを疎かにして良いということではありません。著者はリアルチャネルについて「密にコミュニケーションを取れる貴重な接点」であり「より高い体験価値や感情価値が求められ、十分に強みを発揮すべきポイント」になると述べています。このように、リアルとデジタルの接点をどのように組み合わせれば、顧客との良好な関係を築いていけるのか、さらに「データ×エクスペリエンスの切り口で考え、新たな視野を獲得する」ことの大切さを説いているのが、本書の読みどころです。

次々とデータが生み出され、「社会システムのアップデート」が起きた中国

第1章では、中国、米国、スウェーデン、エストニア、インドなど世界中で起きているデジタルトランスフォーメーションの潮流の中で「社会システムの変化」が起こった例を紹介しています。

例えば、中国では「モバイル決済」が都市部のみならず全土に広がったことで「あらゆる消費者の購買行動データ」を取得できるようになり、「リアルの購買データもデジタル化される」という状況を生み出しました。同様に広く浸透した「シェアリング自転車」も、リアルの生活拠点と移動データの可視化を可能にし、これらは「自治体による交通データとしての活用」や「マーケティング活用」に展開されているようです。どちらの例も、今までオンライン化されていなかったあらゆるデータが取得でき、活用可能になったことで起きた変化を示しています。

また、様々な種類の膨大なデータが集ってくると、さらに新しいことができるようになります。それが、「信用経済・評価経済の活用」による顧客体験価値の向上です。

アリババ傘下のアント・フィナンシャルが2015年にスタートしたアリペイの機能「ジーマ・クレジット(芝麻信用)」は、アリペイが所有している支払いデータや購買データ、提携サービスの利用状況などをAIでデータ分析してユーザーの「信用スコア」を算出。「個人特性」「支払い能力」「返済履歴」「人脈」「素行」の評価軸で350〜950点のスコアリングを行います。

ユーザーはスコアに応じてサービス特典が受けられたり、賃貸物件を借りやすくなる、個人融資を受けやすくなるといった様々なメリットを享受できるため、出身大学や職業などを自分で登録してスコアを上げる、SNSに自分のスコアを開示する、CtoCサービスで出品者がスコア点数を自ら掲載するといった動きも生まれているようです。企業側も信用スコアを採用面接や賃貸、婚活のマッチングの指標などに活用し、業務効率化を図っています。著者の主観では「信用スコアが浸透してから中国人のマナーは格段に上がった」と感じ、「善行を積むとメリットがある社会の実現」という、新しいサービスによる顧客体験価値の創造が社会システムの変化を起こした一例として捉えています。

著者はこのように「次々とデータが生み出される」という状況が一番重要なポイントで、単にデータをもとに新しいサービスが生み出されていると捉えるのではなく、「社会基盤そのものが再構築され、ビジネスモデルもルールも抜本的に変わっていくと捉える必要がある」と述べています。また、このような洞察は「単体事例の先進性を見ていては分からないことです」と、個別の事象を点ではなく線で捉えることの大切さにも触れています。

本書では、他にもあらゆる行動データが取得できる時代になったことで「エクスペリエンス×行動データを重視し、長期的かつ徹底した顧客志向経営」を行い、急成長した保険会社の事例を紹介しています。
ここではユーザーのペインポイントを解決する顧客志向のプロダクトづくりだけでなく、ユーザーに寄り添い続けることで最終的に利益につなげる仕組みづくりについても詳しく解説しているので、ぜひ興味のある方は本書を読んでいただきたいです。

顧客視点で考える。オンラインとオフラインが溶け合った社会

第2章では、タイトルである『アフターデジタル』を理解するために「OMO(Online Merges with Offline)」に取り組む企業事例を紹介し、アフターデジタル時代に対応するために必要な視点の転換を論じています。

冒頭で述べたように、著者はアフターデジタルを「オフラインとオンラインの主従関係が逆転した世界」と表現していますが、このアフターデジタル時代における成功企業が共通で持っている思考法として「OMO」の概念を取り上げ、「オンラインとオフラインが融合し、一体のものとして捉えた上で、これをオンラインにおける戦い方や競争原理として捉える考え方」であると説明しています。

OMOは、Googleチャイナ元CEOの李開復氏が2017年9月ごろに提唱し始めた言葉で、当時は「リアルチャネルであってもオンラインで常時接続し、その場でデータが処理されてインタラクションすることが可能になるため、オンラインとオフラインの境界は曖昧になり、融合していく」と述べられていたそうです。

なお、日本でもコロナ禍において、OMOに取り組む企業が増えてきていますが、中国では日本よりも早くデジタル起点の考え方やOMOが当たり前のものとなっていたため、「2018年の後半には既にあまり使われない言葉になりました」と言います。

一方、本書を執筆当時の日本ではオンラインとオフラインの融合と聞くと、「今あるオフラインを軸に、オンラインをくっつければよい」と考えてしまうケースも多かったようです。著者はそのような問題点を指摘し、OMOのことを「オンラインとオフラインを融合し一体のものとした上で、これをオンラインにおける戦い方や競争原理と考えるデジタル成功企業の思考法」と捉え直すことが必要だと説いています。

なお、著者はOMOにおける重要な考え方を、下記3つの視点から解説しています。

①チャネルの自由な行き来
②データをUXとプロダクトに返すこと
③リアルも含めた高速改善

それぞれのポイントを詳しく知りたい方は本書をお読みいただきたいのですが、3点に共通する視点は「ユーザー志向、顧客視点の考え方であること」。

つまりO2Oは「チャネルをつなげて送客する」という「企業視点の考え方」であり、それに対してOMOは「顧客から見たら融合しているほうが便利」という「顧客視点の考え方」であるため、両者は本質的に異なることを解説しています。

アフターデジタル的な世界観を体現するフーマー

ここでは、OMO型ビジネスの成功事例として、アリババの「盒馬鮮生(フーマー)」を紹介しています。

noteでも何回か取り上げたことがある有名な事例ですが、「フーマー」はスーパーや生鮮食品ECの倉庫、配送センター、レストランなど「複数の機能を効率的に兼ね備えたスーパーマーケット」であり、ユーザーにとっては「その時一番便利な方法で選びたい」というニーズを満たしてくれる存在です。さらに、その裏側を支えているのがテクノロジーで、ユーザーや店舗ごとの個別最適化やビッグデータによる在庫管理などでサービスの質を高めています。アリババは中国国民の約半分にあたるユーザー数のデータを所有しているため、「そもそも店を出す時点で、ほぼ勝算があると分かっている」そうです。その結果、新店舗を出店した直後はオンライン売上が8〜9割、店舗売上が1〜2割程度だそうですが、徐々に顧客が店舗の体験価値に気づいていき、最終的には店舗売上が4割程度まで上がるのだとか。「すべてがオンラインになるわけではなく、もちろんオフラインだけでもなく、両者が溶け合った世界と考えれば、4割という数字はアフターデジタル的な世界観を表しているようにも思えます」と著者は評しています。

リアル接点が、高い“体験価値”を生むようになる

また、第3章ではアフターデジタルに切り替わった世界をより深く理解するためのトピックがいくつか提示されています。その中でも、これまでに述べてきたリアルチャネルの価値について具体的に説明している部分を紹介したいと思います。

本書で「「レアな接点」に価値がある時代」の代表例として取り上げているのは、世界最大級のスターバックスの旗艦店「リザーブ ロースタリー上海」です。この店は「まるでコーヒー工場に入り込んだかのような顧客体験を刺激する店」で、2階の天井まで届くような巨大な焙煎器や、生豆を運ぶベルトコンベアーなどが目に入り、コーヒーを焙煎する音や香りが漂う中で、コーヒーのスペシャリストとコーヒー談義ができます。ほぼすべての商品がオンラインで注文できる時代だからこそ、リアル店舗にわざわざ行きたくなるような価値をつくることが重要であり、「最高のコーヒー体験を叶える店」というコンセプトに基づいてデザインされたスターバックスは「1つの成功例と言えるでしょう」と著者は評価しています。

そして、第4章では、「アフターデジタルを見据えた日本式ビジネス変革」というテーマで、ここまで解説してきたアフターデジタル時代の到来に合わせて、どのように組織を変革していくかについて提言しています。日本企業の特性に合わせた成功の秘訣も書かれているので、詳しく知りたい方は本書をお読みいただければと思います。

最後に著者は、日本企業ならではのポテンシャルをこのように述べています。

「日本の得意な「体験」は、人による個別対応です。(中略)思いやる、もったいない、せっかくの機会といった、英語にしにくいような日本的な言葉が示すように、対面での心遣いの品質はどう考えても日本のほうが高いと多います。」

(P.191)

本書はデジタル先進国として成長目覚ましい中国の取り組みについて、表層的な部分ではなく、現地企業との議論やユーザーインタビューなどを通して深くリサーチしている点が大きな特長だと思います。さらに、日本企業のコンサルティングを手がけてこられた藤井氏の視点で、日本式のOMO戦略を提言している点も非常に参考になります。

2019年以降、コロナ禍の影響もあってオンラインとオフラインの融合がさらに進み、経産省が警鐘を唱えた「2025年の崖」まであと3年を切る中で、この本で提言されたことが日本社会でどのくらい進んでいるのか、そんなことを改めて考え直す機会を与えてくれる本だと思いました。


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