そのアイデア、“共感”しても受け入れられない⁉︎変革を阻む正体とは?『「変化を嫌う人」を動かす』読みどころ紹介
優れたアイデアだけでは変化は起こせない。変革を妨げる様々な「抵抗」を克服せよ
新規事業やイノベーション、組織改革などにチャレンジしていると、魅力的と思われるアイデア、商品、サービスが、消費者や顧客、上司、部下といった相手になかなか受け入れられずに苦労した経験がある人もいると思います。それはもしかすると、アイデアやプロダクト自体に魅力がないのではなく、もっと別のところに理由があるのかもしれません。
そのような困難を乗り越え、解決に導くヒントを提示してくれるのが、今回ご紹介する書籍『「変化を嫌う人」を動かす 魅力的な提案が受け入れられない4つの理由』です。
著者は新しいアイデアの採用を促す作用と妨げる作用にまつわる心理を研究し、企業とともに行動変革に取り組んできたケロッグ経営大学院教授のロレン・ノードグレン氏と、イノベーション&アントレプレナーシップを担当するノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院教授のデイヴィッド・ションタル氏。
本書では「新しいアイデアの売り込み方や変化の生み出し方について人々が直感的に思いつく方法は間違っている」と主張しており、「アイデアに推進力を与えることを目的とした戦略」(=燃料)だけでは変化を起こすことはできず、イノベーションの妨げになっている「変化に対抗する心理的な力」(=抵抗)を克服することが魅力的なアイデアを人々に受け入れてもらうために不可欠だと言います。
例えば、あらゆる要素を自分好みに選べるフルカスタマイズの家具を他のオーダーメイド家具会社より75%ほど安価に作ることができるという「家具の販売方法の定義を変えつつある急成長中のスタートアップ」の事例では、顧客サービス、質の高いデザイン、価格や安さなど購買意欲をかき立てる要素(燃料)によって買い物客を惹き付けているにもかかわらず、最終的な注文に至らないという課題が生じていたと言います。そして、その理由は「古いソファをどうすればよいか分からないこと」(抵抗)だったことから、古いソファを引き取るサービスを提供することで成約率が大きく向上したそうです。
このように、アイデアやプロダクトの価値や重要性とは関係ないところで「抵抗」が生じた結果、優れたアイデアが実現しないケースが多々あることを著者は説いています。
本書ではそのような新しいアイデアやイノベーションの妨げとなる「抵抗」を、「惰性」「労力」「感情」「心理的反発」の4つに分類。イノベーションに関する本にありがちなアイデアそのものに注目するのではなく、アイデアによって変化を促したい相手(人的要素)に注目し、その相手から受けがちな「抵抗」が起きる理由と解決策を導き出すことを目指しています。
アイデアやプロダクトの魅力を高めるアプローチには限界がある
著者は4つの「抵抗」について解説する前に、私たちの基本的なマインドセットが「燃料」中心になっていること、そしてその思考を脱却することの重要性について説明しています。
例えば、アメリカ人は車好きでも購入プロセスは嫌いだと言います。それは、車の購入をディーラーとの「頭脳戦」だと思うほど販売員のことを信頼していないからだとか。
そもそも車の購入プロセスは1回で決まらないことから、顧客が本当に求めているのは「信頼できる人に購入プロセスを導いてもらうこと」。それにもかかわらず一般的な販売員は、顧客の決め手になる情報がわからないため、売り込みの営業トークに加え、その顧客にとってメリットがあってもそうでなくても「ありったけの情報を丸ごと」手渡そうとします。顧客は購入までに多くの決断をせねばならず、ディーラーに勧められるがまま流されてしまうと不要なオプションに余計なお金を払わされる可能性があるのです。
一方、たった1人で他のほとんどのカーディーラーを上回る販売台数を記録する自動車販売員は、車を購入する際に起こる不信感(「感情面の抵抗」)を小さくすることに注力しており、顧客にとってベストの選択を考えようとします。そうして「信頼関係を築くこと」で顧客は他のディーラーから車を買いたがらなくなり、口コミによって彼から車を買いたいという人が続出しているそうです。
このように、私たちには多くのカーディーラーと同じように、新しいアイデアを魅力的なものにできれば、十分な付加価値を提供すれば賛同が得られると思い込む「『燃料』中心のマインドセット」が深く根付いていると言います。
そして、新しいアイデアを成功させるためには「燃料」が必要であるものの、「燃料」には限界があるため、その限界と欠点を理解しておかなければ、本来生み出すべき能力が抑え込まれてしまうことにも触れています。
著者は私たちが「「燃料」中心のマインドセット」になってしまうのは「脳の癖」であることに加え、「燃料」は目に付きやすく誰でもメリットを理解しやすいのに対し、「抵抗」は見えないところに潜んでいるため、発見するには努力と忍耐が必要なことからじっくりと時間をかけ、人々の行動を理解することを勧めています。
4つの抵抗が生じるメカニズムを解説した上で、それを克服するための具体的なアクションを提案
本書では、4つの抵抗が起きるメカニズムやイノベーションを阻害する理由をそれぞれ詳しく解説した上で、その抵抗を克服するための方法を紹介しています。詳細は本書をお読みいただきたいのですが、数々の事例や実験結果からそれぞれの抵抗の本質を理解し、その抵抗を乗り越える具体的な戦略を多く学べるのがポイントです。
例えば「惰性」の抵抗については、新しいアイデアやイノベーションとは「未知のものを受け入れることを人々に要求する」ものであるため、馴染みのあるものや見慣れたものを好むという人間の本能によって抵抗が生じることを解説。そして、その抵抗を克服する方法の一つとして、新しいアイデアを発表したとき、すぐに相手に意思決定を求めるのではなく、相手を新しいアイデアに慣らしたあとに賛同を求める方法を提案。そのための戦略として「何度も繰り返す」「小さく始める」「提案を典型的なものに似せる」などのアクションを紹介しています。
「小さく始める」の場合、英国を拠点とするコンサルティング会社が歴史ある政府機関のDXを推進する際に、敢えて「デジタル・トランスフォーメーション」という大規模な変革を意味する言葉は使わずに、相手が次に達成したいと思っている目標を絞り込んだ小さなプロジェクトによって、課題の規模を小さくすることで新しい取り組みを受け入れやすくしていると、具体的イメージが掴みやすい事例を交えて紹介しています。
また、商品・サービス開発に携わる人にとって、参考になる事例も多く収録されています。例えば「感情」の抵抗を解説した章では、ケーキミックスという画期的な商品が発売されたにもかかわらず、ケーキミックスを使ったケーキをふるまうのは「心のこもっていない行為」であるというマイナス・イメージによって長らくヒットしなかった事例を紹介。一説によると、メーカーは「ケーキミックスにつきまとうマイナス・イメージを取り除く方法」を探るため、心理学者を迎え入れて「ケーキ作り愛好家者がケーキミックスを使いたがらない理由」を調査したそうです。すると、消費者は時間をかけずにケーキを作ることで「手抜きをした」と批判されるのを恐れていただけでなく、お菓子作りの楽しみの一つである「自分で作っているという満足感」が奪われていることが明らかに。そこで、敢えて「卵を加える」という労力が必要になるレシピに変更したところ、自分でケーキを焼いている実感が得られるようになって売上が急増したそうです。
そして、こうした感情面の抵抗はアイデアを阻む大きな壁であるにもかかわらず、人はネガティブな感情の根本的な原因を隠そうとするため、明瞭に表に出てくることは少ないと言います。それを発見する手法として「“なぜ”にフォーカスする」「行動観察者になる」「外部の人を引き入れる」といったアプローチを解説しています。
「抵抗」や「変化を嫌う人」に直面している人にとって、多くの学びやアクションのヒントが得られる一冊
本書の最終章では、これまでに解説してきた4つの「抵抗」がイノベーションや変革に向けた活動に与える影響を分析し対処するための手段として「抵抗レポート」というワークシートを紹介しています。これを活用して同僚やチームメートと議論を行なうことで、「「抵抗」の発生状況とその相対的な大きさについての仮説」の記録に役立てることができると言います。本書では3つの事例について、「抵抗レポート」を用いてそれぞれのシナリオにどんな抵抗が生じていたのかを分析し、克服するためにイノベーターが実施した戦術をレポートしています。
様々な壁に直面しながら人々に大きな変革をもたらすまでのストーリーはどれも読み応えがあるので、ぜひ一読してみることをおすすめします。
著者は「新しいものを世に送り出したいと思っているすべての人」が本書の対象読者であり、製品、サービス、戦略、行動など新しいものが何であっても、受け入れてもらうには人々を変えることが必要だと述べます。そして、「イノベーションと変化は表裏一体の関係にある」ことから、どちらの要素が欠けても成功は成し遂げられないことを説いています。
「抵抗」を解消することの重要性はなんとなく理解できていても、なにが「抵抗」を引き起こすのか、その本質的な問題を突き止めるのは簡単ではありません。そのような実態の見えにくい「抵抗」を、「惰性」「労力」「感情」「心理的反発」の4つに分類し、発見の仕方や対処法を事例とともに体系的に紹介してくれる本書は、まさに様々な「抵抗」や「変化を嫌う人」に直面している人にとって、多くの学びやアクションのヒントが得られるのではないでしょうか。
スタートアップや新規事業にチャレンジしている人はもちろん、新しいアイデアを提案したり組織・人に変化を促したいと考えている人にもおすすめの一冊です。