魅力が伝わる店内ディスプレイとは~実店舗の顧客体験を考える(後編)~
前編のインタビューに引き続き、小売業DXの有識者である郡司昇氏に、顧客体験を高めるための実店舗のアイデアをお聞きしました。
――前回、体験型店舗SHOWFIELDSのユニークな商品展示の事例をご紹介いただきました。そう考えると、展示を工夫することで顧客体験向上にもつながりそうですが、展示にデジタルサイネージを活用するのはいかがでしょうか?
郡司氏:例えばアパレル店舗で新商品を売りたい時に、文字や画像では伝わりにくい商品価値を動画で表現するのは、顧客体験を高めるという視点でも良いアプローチですよね。また、ホームセンターのようなところでも、斬新な商品だとどのように活用すればよいのか分からないというケースもあると思いますので、そういった商品の価値を伝える手段としてのデジタルサイネージ活用は十分に考えられます。
商品は初回購入のハードルが一番高いので、そこの売上に貢献できる可能性がありますし、一度購入した人が次のシーズンに買ってくれたかどうかをデータで追えば、リピート率への貢献度を測ることもできます。
――確かに最近はいろいろなアイデア商品も登場していますが、静止画で商品紹介を見るよりもテレビやYouTube、SNSで紹介されている動画を見た方がその商品の魅力がよく分かります。シーンや用途、そして計測する指標をうまく設計できると、デジタルサイネージの可能性は広がっていきそうですね。
また、顧客体験価値とは別の活用になるかと思いますが、デジタルサイネージというと、街中では認知獲得やSNSでの拡散を狙ったものを見かけることがあります。小売店舗ではそのような目的のデジタルサイネージ活用は難しいのでしょうか?
郡司氏:小売店舗の場合、店舗内でデジタルサイネージの効果につながる売上を生み出さないといけないと考えると、認知目的だと導入が難しいかもしれませんね。導入の主な目的としては「売上増加」か「経費削減」の二つですので、分かりやすいところだと電子棚札などは毎日値札を変えるより省力化ですし、間違いがないということで活用されやすいですよね。
デジタルサイネージを活用した、顧客体験向上のポイント
――なるほど、やはり小売店舗でデジタルサイネージを導入するとなると費用対効果が導入判断に直結するということですね。
郡司氏:そうですね、例えばメーカーが自社製品の販売強化のためにデジタルサイネージを導入してほしいと小売店舗に相談したとしても、商品の売上が商品Aから商品Bにスイッチするだけだと、小売側にとってAとBのどちらが売れてもトータルの売上がそんなに変わらないのであれば、わざわざコストや労力をかけてやろうとは思いません。
その代わり、商品Aが売れると商品Cも一緒に売れるようになるのであれば、商品棚全体の売上が上がり、店全体の収益が上乗せされるので可能性はあります。なので、例えばメーカーとしては小売店舗に生活者側のニーズに合わせた売り場づくりを提案し、店舗全体の収益につながるデータを取得するためにサイネージの導入を検討してもらうという提案がはじめの一歩になると思います。
その後、データ検証して効果が出てくればデジタルサイネージを導入したことによって、小売店舗の売り場の収益も上がり、メーカーも収益が上がるのでWin-Winになりますよね。
――その場合、まずはPoCで効果検証を行うことになると思うのですが、そこはメーカー主導になるのでしょうか?
郡司氏:そうなるケースが多いと思います。メーカーからすれば、たとえ効果が出なくて本導入に至らなかったとしても、少なくともデータは取れていて、何かしらのインサイトは得られますからね。それをもとに訴求内容を変えたり、表示時間を変えたりと、顧客の興味を引くコンテンツをブラッシュアップしていくことができるので、メーカー主導でも実施するメリットはあると思いますよ。
――なるほど、それ以外にデジタルサイネージ導入で得られるポイントがあれば教えてください。
郡司氏:ポイントとしては二つですね。まず、お客さんが立ち止まる時間によって見てもらえる時間が分かるので、その数値をもとに出すべきコンテンツを知ることができます。例えば、あっさり通り過ぎてしまう場所なら3~6秒のコンテンツでないと目に留めてもらえませんが、50秒くらい立ち止まってくれる場所なら30秒ほど生産者についてのコンテンツを流すことで、商品についてもう少し深く知ってもらえる可能性があると思います。
もう一つは、知ってもらうこと自体に意味があるケースです。例えば同じ商品でもパッケージが変わったり、中身がリニューアルしたということを意外と知らなかったりしますよね。そういった情報を伝える場合にデジタルサイネージは有効ではないでしょうか。
――顧客にとって心地よい長さのコンテンツを出し分けたり、商品の魅力を分かりやすく伝えたりすることは、顧客体験価値を上げるための手段と捉えることができますね。また、PoCを実施した結果、今まで見えていなかった新たな購買行動やインサイトを発見できる可能性もありそうです。
郡司氏:そうですね。実際にP&GはFMOT(First Moment of Truth:消費者は店頭の商品棚を⾒て、3〜7秒で商品を購⼊するかどうか判断するという購買モデル)を明らかにしたことで、店頭プロモーション強化に成功したことが知られています。特に非計画購買は客単価に影響するので、デジタルサイネージを活用していかに非計画購買のニーズを引き起こせるかを検証するのはアリかもしれませんね。
――ちなみに、売上につながる使い方ですと、例えば店内の商品を全て電子パネルにしてしまうというのはどうでしょうか?
郡司氏:そうなるとデジタルサイネージというか、完全にダークストアですよね。イギリスなどだと歴史的に使用人文化がありますので、買い物に行く前に買うものが決まっていることも多く、ダークストアが成り立っているように思います。日本だと文化が違いますし、非計画購買も起こりにくいのでビジネスとして成り立たせるのは難しいのではないかと思います。
――単純にデジタルを活用したからといってビジネスとして成立するとは限らず、日本人の行動様式や文化的背景を考慮することも重要だということですね。
今回は前編・後編でお話を伺う中で、展示の工夫を通じて商品の魅力の伝える方法を色々と学ぶことができました。
実店舗では様々な「顧客体験」を提供する動きが広がっていますので、今後も注目していきたいと思います。
本日はありがとうございました。
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【プロフィール】
郡司 昇(ぐんじ のぼる)
店舗のICT活用研究所 代表
ドラッグストア大手ココカラファインでEC事業会社社長として事業黒字化の後、全社マーケティング戦略を策定。マーケティングとECの責任者兼任。現職は小売業のデジタルトランスフォーメーションにおける小売業、ベンダー、顧客の三方良しを支援するコンサルタント。新著に『小売業の本質: 小売業5.0』