無謀で、無責任で、無慈悲でも、僕はその「映画」を求める
【『メランコリック』/田中征爾監督】
8月の公開開始からしばらく経つが、今もなお、ゆっくりと、しかし確実に、熱心な支持者を増やしつつある映画がある。
その静かなる熱狂の正体を確かめるために、渋谷アップリンクで『メランコリック』を鑑賞してきた。
バイトを始めた銭湯は、深夜に風呂場で人を殺していたーー。
事前にインストールしておくべき情報は、これくらいがちょうどいいのかもしれない。
その先の破天荒な物語については、ぜひ、劇場で確かめて欲しい。
低予算の自主製作映画が、じわりじわりとファンを増やしながら大ヒットへ。この方程式は、まさに昨年、一つの「現象」となった『カメラを止めるな!』と通じるものがある。
しかし、あの作品が突き抜けたエンタメ性/メジャー感を誇っていたのに比べると、やはり『メランコリック』は、良くも悪くも「インディー映画」だ。
観る人を選ぶのは、間違いないかもしれない。それでも僕は、今作は、誰しもの心を掴んで離さない普遍性を秘めていると思う。
あまり書くとネタバレになってしまうが、完全に予想外な方向に加速していくストーリー展開に、僕は圧倒されてしまった。
無謀かもしれない。無責任かもしれない。無慈悲かもしれない。
それでも、いや、だからこそ、こんなメッセージ、「映画」にしか伝えられないのだ。
「映画」の根源的な力を、こんなにも痛快な形で提示し直してくれたOne Gooseの3人に、僕は最大限の敬意を払う。
もちろん、ツッコミどころはいくつもあるが、そんなもの笑い飛ばしてしまえばいいのだ。
その「笑い」こそが、僕たちが「映画」に没入している証である。そして、僕たちが「映画」を愛する理由そのものであるのだから。
拡大公開が始まり、この熱狂は、静かに、しかし確実に、日本に広がりつつある。
One Gooseが作る映画を、もっともっと観てみたい。だからこそ、記念すべき第一作目となる『メランコリック』が、たくさんの人に届いたら嬉しい。
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