邸宅のサイコパス
埼玉県に住んでいるうちに、ぜひとも一度行ってみたい場所があった。
さきたま古墳公園だ。
その敷地内には、なんと9基もの古墳が群集しているという。歴史の教科書で見た感じ、古墳って田舎の方に一基ずつ、いかにも厳かに佇んでいるようなイメージがあった。
けれど、この古墳群に行けば一気に9基も見られるらしい。今でこそゼリーフライという不思議なB級グルメを誇る怪しい町だが、かつての行田は権力者の大集結地点だったのだろうか。気になる。
そんなわけで、気持ちよく晴れた休日。古代好きな友人と二人、電車に揺られて埼玉古墳群へ行ってきた。これほど広大な敷地なら、ソーシャルディスタンスはバッチリだろう。
そう思って行田駅から出ているバスに乗ると、家族連れや中年夫婦が何組かいた。やはりみんな、考えることは同じなのだ。
とはいえ古墳群に着いてしまえばもう安心。バスを降りた乗客は、てんでんばらばらに散っていく。
私たちはまず、さきたま史跡の博物館に向かった。埼玉古墳群で見つかった埴輪や武具を見るためだ。
撮影OKの張り紙に嬉々として、なんとも情けない顔をした愛らしい埴輪や、やたらと精巧な水鳥の埴輪をスマホに収めた。
しなやかな手つきとショボくれた顔のギャップがやばい。
何その「参ったなぁ〜」風ポーズ。ていうか、もみあげ長すぎない……?
盾を構えている姿らしいのだけど……簡略化しすぎでは。
唐突に完成度の高さを見せつけられる。
頬を緩ませて館内を歩いていたその時、一つの家形埴輪が目に留まった。
なんだこの家……既視感がありすぎる。
二階建てで、まだ壁ができていなくて、屋根がけっこう幅取ってる家。
少し考えて、あっ!と手を合わせた。
彼氏のマインクラフトの家が、ちょうどこんな感じだった。
「あなたのマイクラの家っぽくない?」
とLINEしたら、一分と経たずに「ゆるさない」の五文字が返ってきた。
酷似しているくせにぃ、とニヤニヤしながらすべての展示を見て博物館を出て、古墳を歩いた。
スコンと空が高くて、緑が濃くて、とても気持ちがよかった。
それから数日後、彼氏の家に行った。
ステイホームを遵守する彼は、休暇の大半をゲームに費やしていたらしい。
「私の送った家形埴輪、めっちゃあなたのマイクラハウスに似てたでしょう」
そう彼をからかうと、彼は無言でパソコンを点けた。
マインクラフトが立ち上がると、久しぶりに見慣れた景色が広がる。
広大な大地と豊かな自然、それから、家。
あれっ……家?
しばらく見ないうちに、彼の家は家形埴輪ではなくなっていた。
ちょっとリッチで、おしゃれな二階建て。広々とした草地とあいまって、都会暮らしに疲れた金持ちが月一で憩いにくる別荘みたいな趣きだ。
家の作り方を紹介しているマイクラブログを参考にして作ったらしい。
最後に私が見たときは家全体がほぼ茶色一色だったくせに。窓にあたる部分はただの穴だったくせに。
今では壁も屋根も上品な色合いに統一され、窓にはガラスらしきものがはめ込まれている。
「きゃー、家形埴輪にそっくり〜!」って笑ってやろうと思っていたのに、なんてこった(性格が悪くてすみません)。
呆然とする私に、「商人捕まえたんだけど、見る?」と彼は言った。
……商人を……捕まえた……?
なんで??
そもそも商人って、捕まえていいものなんだっけ?
法的にも人道的にも、何か間違っているような気がするんですけど。
彼が操る主人公が庭を進むと、なんと檻に入った商人が……本当にいた。
めっちゃ捕まっておるではないか。
心なしか落ち込んでるし。
しかも彼曰く、数日経つと消えてしまうらしい。
何それ、死ってこと……?
それとも逃亡……?
どうか逃亡であってくれ。
ていうか、マイクラ怖すぎ。
……いや、彼氏が怖いのか。
それから商人を見にいくのに夢中でスルーしてしまったけれど、牛小屋がすごいことになっていた。
明らかに詰めすぎである。
小屋の大きさと、牛の数が全然合っていない。
どこのブラック食肉産業だ。
牛舎の狭さに加えて私が許せないのは、けっこう容赦なく牛が殺されることだ。
またしても彼の受け売りだが、「ツールにエンチャントするために本が必要になる」という。
よくわからないが、道具をパワーアップするためには本が必要で、その本を生成するためには、牛の皮が必要ということらしい。
本を作るために牛の命が消えていると思うと、ひとりの本好きとしてはかなり胸が痛い。
しかも厄介なことに、牛一頭を殺したところで必ず皮が手に入るわけではないので、結果的にかなりの数の牛を殺戮する羽目になるらしい。やだ怖い。
これだけでも十分な恐怖だが、さらにエグいことがある。
カクカクしたレゴ製みたいな見た目のくせに、主人公が武器を振り下ろすと、牛たちは「ぶも〜」とそこそこリアルに鳴き、逃げ惑うのだ。
やめてー!
なんでそこ、そんなにリアルなの……?
そこで初めて、狭い牛舎のわけを悟った。
あまり動かず効率よく牛を殺すために、柵を狭く作っておいたのか……。
彼氏、怖っ。
想像してみてほしい。
だだっ広い草地に建つ素敵な邸宅の庭先でなぜか商人が囚われ、大量の牛が窮屈に閉じ込められているところを。
なんつー非道で、猟奇的な家主。
たぶん私だったら、とりあえず商人は捕まえないし、たとえ皮を取る時間が余計にかかろうとも牛のために広めに柵を作ると思う。
久しぶりに彼氏のサイコパスな一面を目にして、「家形埴輪」と揶揄したことを遅まきながら後悔した。
家形埴輪に住み、呑気に牛を追っていた彼はもういない。
お読みいただきありがとうございました😆