黒糖パンか、米粉パンか
あたまで食べてるなあ、と思うことがよくある。
賞味期限が少し切れているだけで大丈夫かと不安になったり、あのシェフのレシピだからこんなにもおいしいのだと感動したり。『○○に効く』なんて言われたら、好きでもないのにいつもより多めに食べてしまう。
八歳の息子も、よくあたまで食べている。苦手な野菜に出くわすと、栄養学の本をとりだしてきて、その野菜の栄養素や効能を、自分で声に出して読みあげる。そして彼は、うむ、と唸って、ぱくぱくと食べてしまうからおもしろい。
***
最近、学級閉鎖が相次いでいる。
そのため近くの区役所の前で、余った給食パンの販売がはじまった。
大きなパンが、いくつもはいって100円。
値段の魅力もさることながら、廃棄せずに済むのであれば少しでも尽力したいという気持ちもあった。でも、正直に言うと、「なに? 給食パン? 食べたいに決まってる!」の一心である。
大人になってしまった今、給食をいただける機会はそうそうない。息子が毎日のように、ああ、今日もおいしかったなあ、としあわせそうな笑みをうかべるので、うらやましかったのだ。
というわけで、よく買いに行っている。
先日は、ほそながいパンが6本も入っていた。
息子と娘と、おやつにいただく。
「これが黒糖パンだよ。おいしいんだ」
自慢げに言う息子。
春に入学をひかえた娘は、キラキラと目をかがやかせ、パンにかじりつく。
6本とも、おなじ大きさ、おなじ色、おなじカタチをしていた。大きくて、うす茶色で、ほそながい。食べるとふわっと、黒糖のこうばしい香り。最近の給食パンはこんなにもやわらかくておいしいのかと驚いた。
感激している私の横で、息子がじっとなにかを見ていた。それは販売するのに必要な食品表示の紙だった。急いで作られたのだろう。何かの裏紙に印刷され、等分にざっと切られていた。
内容 黒糖パン 米粉パン
材料 ○○○○ ○○○○ ○○○○
賞味期限 ○月○日
原材料など、こまかく記されている。
へえー。ふむふむ。
……え? 米粉、パン?
みなの顔が、ややくもる。米粉パンが、このなかにある?
6本、どれを見てもおなじだった。ちなみにママが食べているのは、黒糖パンだよ。え、ぼくも。え、わたしも。……ひと口ちょうだい。それぞれのパンを、ひとちぎりずつ交換しあって玩味する。どれもひとしく香ばしい。黒糖のかおり。たぶん。
いつも食べてるんでしょ? と息子に聞く。
「うん……。でも、おなじ味のパンでも、カタチがちがったりもするし……」
息子は、愛する給食パンへの自信を失いかけていた。
6本全部、味見してみる。正直、どれもおなじだった。しいて言うなら、こっちがわずかに甘いような……。いや、こっちは茶色がほんの少しうすいような……。もう、よくわからない。
数分、逡巡ののちようやく、いやいやいや、と、思いなおした。
やっぱり全部黒糖パンだ! こんなにそっくりなものが、異なる商品として世に出るわけがない。だいたい米粉パンは白いだろう。どう見てもこれ、茶色いよ。表示の紙は、米粉パンのときも使えるようにまとめて作ったんだよ、きっと。
私がそう結論づけると、子どもたちはホッとした顔をして、またおいしく食べはじめた。つくづくあたまで食べているなと思ったできごとだった。
***
そういえば、まだ子どもが小さかったころ、食材がまざったものを食べたがらなかった。チャーハンや炊きこみごはん、お好み焼きなど、いくつかの材料をまぜて調理したものをイヤがり、白ごはんやうどん、かぼちゃの煮物など、シンプルなものばかりを好んで食べた。
まぜた料理を食べられるようになったのは、いつごろだっただろう。娘はまだ、いまもそういう気がある。
ふと、それも一種の自己防衛本能なのかもしれないな、と思った。
小さく切った野菜でもお肉でも、それがいったい何なのか、ひとつひとつ自分で確認できないと食べない。こちらはせっかく作ったのだし、栄養も摂らせねばと躍起になっていたけれど、子どもからしたら、苦みを感じたり舌が痛かったりするものを、自分のからだにとりこむのは不安だろうし、ましてやこれまで食べたことのないものだったらなおさら、自分にとって安全なものかどうかわからない。
子どもの日々は、未知との遭遇の連続だ。
調子のいいときに新たな食材への挑戦をくりかえし、少しずつ食べられるものを増やしていく。そうして食材のデータをひとつひとつ積みあげて、自分が食べられるものをインプットしていく。きっと私もそうやって大人になってきたのだろう。
そう思ったら、なるほど、よくできてるなあと感心する。からだの弱い子どもはその敏感な舌とあたまで、わが身を危険から守っているのだと。
なんか当たり前のことを言っているようにも思うけれど、食べてくれない子どもに必死になって料理をしては気をもんでいたあの頃の自分に伝えてやりたい気がした。
***
そんなことをぼんやりと考えながら、近所のパン屋で数日前に買ったカンパーニュの残りを、口にほうりこんだ。
んん、酸味が増してるねえ。
ごくりと呑みこむ。
つぎのひと口をちぎろうと手元のパンをふと見ると、白いカビが生えていた――。
自分の口はいつから、こんなにも無防備になっていたのだろう。どこか遠いところまで来てしまった気がした。ただ、数時間がたっても、腹痛をおこすことはなかった。胃袋だけは強くなったのだろうか。
なるほど、よくできている。
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