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書評 トールキン「指輪物語」イラストエッセイ「読まずに死ねない本」036 20241224
冬になりました。というか、クリスマスイブです。
ぼくが住んでいる新潟は、冬にはほとんど太陽が出ず、ずっと雪雲に閉ざされています。そういう時期が、4か月ぐらい続くんです。(最近は温暖化の影響か、太陽の照る日も多くなりましたけれど。)
ということで、冬は読書の季節なのです。外は吹雪。温かい布団に潜り込んでページを繰る幸せ。
ぼくは時々岡田斗司夫さんの youtube を見ることがあります。岡田さんは頭の良い人ですよね。そして、未来予言(笑)なんかを時々するのですが、岡田さんの描く十年後ぐらいの近未来は、AIが無限に作り出す、個人個人に最適化された物語を、VRヘッドセットをつけて耽溺するという、ちょっとディストピアっぽいものです。人間が作った物語は廃れるとのこと。というのも、人間には時間と能力の制約があるので、どうしても作り出せるコンテンツに限界がある。他方、AIは無限に思考錯誤を繰り返し、受け手の反応を学習しながら、しかも個々人に最適化された物語を生み出せるからだそうです。そしてこれこそ、AIが人間を支配した形だというんですね。人間は、あたかもアヘン屈でひねもすアヘンに耽溺するように、無限に生成される自分向けのコンテンツに耽溺する。
「ワオ」って思いました。でもですね、仮にそういう未来が来て、多くの人がそのような世界に耽溺したとしても、別に「そうしなければならない」訳じゃありません。
例えば、車が発明されたら誰も歩かなくなったかというとそうでもない。人口の何パーセントかは歩くことや走ることを楽しんでいる。AIが音楽を作れるようになったから、音楽をやらなくなる人もいるだろうけれど、相変わらず自分でギターを弾いたりピアノを弾いたりしたい人は一定数いる。絵も同様です。AIが上手な絵を描いたから描かなくなる人もいるだろうけれど、絵が好きな人はやっぱり自分で絵を描くと思います。スーパーに行けば野菜を買えるけれど、自分で野菜を育てたい人は育てています。
読書も同じこと。本よりも簡単で面白いメディアがたくさん生まれたとしても、本を読んではいけない、ということはなくて、読みたい人は読むのです。恐らく人口の5パーセントぐらいの人たちは。(3パーセントかな。笑)
スタンダールの「赤と黒」「パルムの僧院」という本には、To the Happy Few という献辞が書かれています。これは、「幸福な少数の人たちへ」という意味です。つまり、スタンダールも、自分の小説を読む人は少ないことを意識しているんです。(この言葉の出典は、シェイクスピアだそうですけれど。)
もともと、読書層というのは、昔も今もだいたい人口の5パーセント以下という感じなんですね。
ということで、岡田斗司夫さんの描くエンタメ界の未来像というものは、あくまでも大多数の人々にとっての未来であって、幸福な読書層の人々は相変わらず本を読むでしょう。 笑
本を読むと頭が良くなりますよ。映画や Youtube ではダメなんです。教育界で ipad が導入されていますけれど、恐らく教育効果はないと思います。ぼくは実際に高校生200人ぐらいに講演をしたことがあるのですが、パワーポイントを使った瞬間に生徒たちは寝てしまいます。TED(自分のアイディアを語りだけでプレゼンする番組)ではないですけれど、言葉で語り掛けると、ずっと聞いてくれるんです。
岡田斗司夫さん自身、そしてあのひろゆきさんも、「紙の本を読め」って言っていますよね。
学校ぐらい、強制的に紙の本を読ませ、鉛筆でノートをとらせた方が良いのです。だって、学校は成長する場所であって、堕落させる場所ではないのですから。
異様に長い前置きになりました。笑
とにかく、冬は読書の季節だ、ということが言いたかったんです。
そして冬に読む本は長ければ長いほど良い。
コスパとかタイパとか言いますけれど、それは「お仕事」の話であって、好きなことをするのに、タイパを気にするのはおかしいですよね。
ところが今や、「恋愛はタイパ、コスパが悪い。風俗へ行った方がタイパもコスパも良い」という人が増えているというのですから。やれやれ。
それでおすすめするのが、「指輪物語」です。
とても長い本ですが、まさに時間をかけて「物語」を堪能することができます。
あとがきに著者のトールキンが、読者の感想を引用しています。
「素晴らしい本だが、一つだけ欠点がある。それは、短すぎることだ。」
そう、それぐらい、物語が終わるのが惜しいような読後感があるんです。
「指輪物語」は、いわゆるファンタジー小説の「原点」です。ここから全てが始まったのです。
「指輪物語」は、同じ著者の「ホビットの冒険」の後日譚から始まります。「ホビットの冒険」で、主人公のビルボ・バギンズは不思議な指輪を拾いました。ところがこれが世界を統べる唯一無二の魔法の指輪だったのです。
この指輪を持ったものは世界を支配できる。そして悪の魔王のサウロンもこの指輪を狙っています。
世界の賢者、王たちは、この指輪を使いこなすことができる人間はいない。破壊するしかない、という結論に至ります。ところがこの指輪を破壊するためには、魔王サウロンの住むモルドールの「滅びの山」という火山に投げ込むしかない。その使命を帯びたのが、ビルボの甥、フロドでした。
「指輪物語」は、フロドが仲間たちと一緒に、指輪を破壊するために、敵地モルドールを目指すという大冒険物語です。
著者は否定していますが、ぼくはこれは「核兵器」のメタファー(比喩)だと思うんですよね。あるいは、「文明」そのものと言っても良い。AIもそうなのですが、人間が生み出した恐ろしい力。これは作るよりも捨てるほうがずっと難しい。そういうお話だと思います。そしてそういう難題に立ち向かうのは、強いものでも賢いものでもなく、穏やかで善良な心を持ったホビット族のような人たちだというのです。
みなさん、一秒でも無駄にせず、ショート動画のようなものを早送りにしてたくさん詰め込んでも、何も残りません。ただ人生が消費されてゆくだけです。恐らく、麻薬と同じです。むしろ脳が痛むという研究もあります。
じっくり時間をかけて、長い冒険小説を読む。そんな贅沢な時間をぜひお過ごしください。
それではみなさま、良いクリスマスをお過ごしください。
クリスマスプレゼントは?もちろん、「指輪物語」で。
そうそう、映画もありましたけれど、本の方がずっと面白いですよ。
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