モンテ・クリスト伯 一巻

Kindle Unlimitedで見つけたので読んでいるのだが、文学いいなぁと思える。これをサブスクで読めるとはすごい時代である。

主人公の船乗りエドモンと神父が牢獄のなかで共に生きている場面はすばらしい気づきがたくさんある。名言だらけだ。下記に考えたことをメモしておきます。

1 ) 牢獄の終わりなき時間の流れのなかにも起きる変化とあまりにも微かな希望である、「変化」
固定化されていることが人間にとって一番辛いのかもしれない。

変化は、どんなに不利なものであっても、やっぱり変化にちがいなかった。

2 ) すごい文章。特に牢の中で、ともに祈ることができるよろこびはどんな感じだろうか。ほんとうの救いなのかもしれない。

二人でいっしょに嘆くのは、ほとんど祈るのと同じだ。二人でいっしょに祈れば、ほとんど祈りが聞き入れられたようなものだ。

3 ) これはたしかに。いまを生きる人にもそのまま使えそうな文言。ルネサンスを経て、人間と神が少し相対的になっているのを感じる。

「どうしてそんなにがっかりなさるのです?  ただの一度で成功しようというのは、それこそ、神さまに対する、あまりにも身勝手なお願いです。

4 ) なぜ人を殺してはいけないか?たぶん理由はない。社会で制御すべきか?イエス。だが、自然な感情として目の前の身体を殺したくないと発露するのが一番ではないか。感情なき殺人抑止は意味はあるが、善と言えるのだろうかという問いにも聞こえる。

殺人をきらいにさせるのは、社会の掟ではない。自然の掟なのだ

5 ) なんかすごそう。デュマの選ぶ150冊をぜひ知りたいものだ。

正しく選択された百五十冊の本があれば、それは人間の知識の完全な要約ではないにしても、少なくとも人間が知っていて役に立つすべてが得られることを、わしは発見したのだ。

6 ) 才能とは、圧縮された集中なのかもしれないと思った。いまはデジタル情報で時間や集中が分散しやすい環境だと思うので、環境を作ることがなにより大事なんだろうと思った。

おそらくはなにもできなかっただろう。この満ちあふれた頭脳も、くだらないことのために、蒸発してしまっていただろう。人間の知恵の中に隠されている神秘的な鉱脈を掘りあてるためには、不幸が必要なのだ。火薬を爆発させるためには、圧力が必要だ。牢獄生活が、あちこちに漂っていたわしの才能を、ただ一つの場所に集めてくれたのだ。

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