【読書】 事件の闇、心の闇、そして、誰の心にも、ふと。 ~ 東電OL殺人事件 佐野眞一 ~
この事件が起きた年は自分が20代前半でした。
「有名な大企業のOLが被害者」というだけでしたら、書き方が悪いのですが「不幸な事件」ということで他の類似する事件に紛れてしまっていたと思います。
ですが自分的に、そして世間的にも事件そのことよりも、そのOLの生前の底知れぬ行動について興味を持ったものでした。
昼は大企業の管理職、一転して夜は立ちんぼを繰り返しつつ、最終電車できっちり帰宅する生活。さらに土日の昼は風俗店、そこでお茶を引く状態であるならば、平日の夜の定位置で立ちんぼ。そして終電で帰宅。
年収は1千万円超え、家族関係にも問題無し。
そうであるにも関わらず、夜は数千円で駐車場など場所も選ばず行為することもある。
自身にノルマを課すような、そんな日々を送っていた様子。
何で?と、誰もが疑問に思うことだったかと。
この事件では不法就労状態の外国が逮捕され、後の裁判で無罪となる冤罪を生みだしています。
そして今に至るに真犯人は検挙されていません。
本書は佐野さんによる、事件発生から無罪判決までの約3年間を追ったノンフィクションです。
(後日、検察側控訴により逆転無期懲役判決が下り、最高裁上告棄却、刑が確定。刑務所に収監されるも獄中より再審請求し、請求から7年後に再審が決定され無罪判決確定。事件発生から15年後に自由の身に。)
取材により佐野さんが外国の方の無罪を確信し、その方の母国に足を運んだり、逆に被害者の方の出自以前にも及ぶ過去の風景を丁寧に書き記されています。
そして日本の司法の強引なやり方として「こうと決めた方針」に沿わせるよう、物凄い飛躍した、それでいて破綻しているように見える論理でも突き進むやり方に「方針転換することは恥」みたいな妙な執着が見えます。
「犯人にするため」にあらゆる手を尽くすような、(当時の)警察のやり方にも空恐ろしいものがあります。
そして手弁当だった弁護士の方たちの「いかなる出自の人であっても無実の人は護る」姿勢は心強いものがありました。
自分が世間の皆さま同様に「何で?」と思った、被害者の方の謎の行動についても、取材で知り得た事実が記されています。
納得するに至らないまでも、この方の不幸に見舞われるまでの色々な人生の転機、精神的・肉体的病の発症から「謎の行動」へ転がり落ちる可能性についても、そうなのかもしれない。。と思いました。
「謎の行動」については、当時から今に至るに「わたしもそうなっていたかもしれない」と「症候群」と呼ばれるように呼応する女性が続出したと聞きます。
外から見ると満たされた羨ましい環境下にいるようでいて、当の本人にとっては理想と現実のかけ離れた現状に甘んじている。そんな自分自身に対して「許せない」といった衝動から「自身に罰を与える」ような行動に出てしまうという見方も精神病的視点としてあるそうです。
昼の仕事を17時に終わらせ、18時から終電の24時半までの約6時間の間に立ちんぼで4人の客を取るノルマを自分に課す。そんな様子が律義な性格によるものか手帳に克明に記録されていたそうです。
この事件を元に書かれた小説で「グロテスク 著者:桐野夏生」と「私という病 著者:中村うさぎ」を以前に読みました。
今回の本を読み「グロテスク」や「私という病」の内容を思い出すと、女性じゃないとわからない視点だろうと思いました。転落「してしまう」ことと、転落「しに行く」ことは傍から見ると「やっていること」が同じだけに同等に見えますが、文字通りで受動的と能動的で全く違います。
被害者の方は「行為」に関して不感症だったと書かれています。
この点や「価格が数千円でも受ける」「(デリヘル時代)他の人が嫌がるところへも行く」などは、「自身への罰(ノルマ)」に突き動かされての行動だったのかなぁと。
アダルトの女優さんのインタビュー記事を読んだこともありますが、「もっと頑張れる」「もっと極めたい」「もっと知りたい」などのコメントがよく並んでいました。
本心で語っているとは思っていませんでしたが、「言わされている」のではなく、どこか深いところで「言っている」、そんなことも思います。
こちらの本は現在廃版となっており、新書の本屋さんや古本屋さんに行く度に探しましたが見つからず、たまたま立ち寄った図書館で見つけることが出来ました。
大きな川のレビューでは辛口コメントの書き込みが多く見受けられましたが、実際に読んでみて、そして「グロテスク」や「私という病」も読んだ上で、やっぱり読めて良かったと思います。
外国の方が無罪であると思う故の視点や、事件に関係する土地へ色々と足を運ばれていて、点を線に繋げるような部分には、少なからず感情的な文章もありますが、概ね事実を淡々と記されているように思います。
もし、3.11以降にこの事件が発生していたとしたら、もっと違う隠された何かが展開していたのかもしれない、そんなこともチラっと思いました。
真犯人について、割と確信めいたネット記事があったりします。
本書を読む前は「ホントかしら?」と思ったものでしたが、本を読了するに至り、あの記事はひょっとして・・?と思いました。
事件から約26年。
犯人もそして被害者の方の「心」の真相には至らず。。