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#053.譜面台 その3(具体的な位置について考える)
現在、譜面台について解説しております。前回は譜面台の位置がコンディションの不安定さと関係している可能性について書きました。
過去の記事もあわせてご覧ください。
そして今回は推奨する位置、高さにについて具体的に解説します。
演奏時必ず守りたい2つの条件
吹奏楽やオーケストラで演奏する際、必ず守りたいことがあります。それは、
1.指揮者(オーケストラの場合はコンマスも含む)が常に視界に入っていること
2.楽譜が常に視界に入っていること
この2点です。
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この条件を満たし、そして前回の記事で解説したNGの譜面台の高さや位置(距離)を考慮するとおのずとベストな位置が見えます。
少々話がそれますが、合奏中に指揮をずーーーーーーーっと見て演奏している人、というか団体でそういうところがありますが、不自然です。
指揮者は、見るべきタイミングがあって、それ以外の場合は先ほど書いたように譜面台の上で動いている状態を(ピントは楽譜に合わせている状態で)視界に入れていれば十分です。そのためにも譜面台の位置や高さが重要になるわけです。
奏者と譜面台の距離が最重要
譜面台は奏者との距離が最も重要です。おおよその基準は「楽譜をめくる際に若干前屈みになり手を伸ばしてギリギリ届く距離」と考えてください。結構遠いです。
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そして、この距離でトランペットを構えたときに譜面台の上に指揮者の上半身が見える高さに調節します。ですから、合奏の場合は前にいる奏者との距離も重要になります。
調整ができたら、これで設置はOKです。
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よくある譜面台に関する話
このような位置で演奏しましょう、とお話すると必ずと言っていいほど出てくる話題についても解説します。
[遠くて楽譜が見えません]
教室の席替えで後列の席になった生徒が「視力が悪いので前の方にしてほしい」と言うあれと同じ使い方で言ってくる感じ。でも黒板との距離と、譜面の距離は全然意味合いが違います。近すぎるとパフォーマンスも低下し、アンサンブルのクオリティに関しても不利な状態になることを理解していれば、視力の問題で遠くへ譜面を置くことを拒否することはできないはずです。ですから、様々な事情を抱えていることを無視するわけではありませんが、言いたいのは「譜面台の正しい距離で楽譜が見えるメガネかコンタクトを調整してきて欲しい」もしくは「楽譜を読みやすいサイズに拡大して欲しい」とお願いするしかできません。「最善な演奏をするために」というテーマで書いている以上、こういった答えにならざるを得ないのです。
[物理的に距離が取れない]
練習場所や本番のホールでそこまで譜面台との距離を取ることができない、という話も多く聞かれます。
確かに、どう足掻いても物理的に無理な状況もあるかもしれませんが、ただ、本当の本当に絶対どうしても何があっても不可能なのでしょうか?頭を使ってベストとまでは言わないにせよベターな結論に達することは本当の本当にできませんか?(と言いたい)。
トランペット奏者は指揮者と真正面で向き合う決まりはありません。例えばオペラやバレエ、ミュージカルのオーケストラピットに入る場合、奥行きが取れないために真横から演奏することが一般的です。
人数に対して音楽室が狭いという話はよくありますが、だいたいの音楽室は長方形で、横長に使っていることが多い印象があります。そうなると前後の奏者の距離が狭くなり、奥行きが取れない。だから譜面台を遠くへ置けない。だいたいそんな感じです。でもよく見ると音楽室の左右は結構スキマがあったり、音楽室の備品や個人のカバンなどがとっちらかっていたりします。だったらそれらを何とか移動して、90度回転させて奥行きを十分確保して演奏すれば良いと思うのですが、それも絶対の絶対に無理でしょうか。
また、先ほどオーケストラピットの話をしましたが、例えば私が以前指導をしていた学校の文化祭で、体育館のステージで演奏することがありました。ご存知のように体育館のステージは奥行きが全然ありません。そこで、ホルン、トランペット、トロンボーンなど金管群に上手(かみて/お客さんから見て向かって右側)に移動してもらいました。オーケストラピットの並びを参考にしたわけです。体育館のステージは幅はかなりあるので、これだと奏者と譜面台の距離を十分に確保することができ、かえってパフォーマンスも良いものになりました。ですから、各団体によって工夫をした配置を考えてみるのも面白いかと思います。
音楽は聴く人に想いを届ける行為ですが、それをするための奏者が使うステージは、奏者のための空間です。奏者がストレスなく限りなくベストな環境で演奏するためにどうすれば良いか、それを常に考えて欲しいと思います。
[ステージ端の人はどこに向けばいいの?]
とても人数の多い団体では、トランペットがずらーーーっと横一列で並ぶことがあります。東京音楽大学のAブラスと呼ばれる器楽専攻3,4年生の吹奏楽もそんな感じで大勢が一列ないし二列になって演奏しているため、一番端になるとホールの壁に近いところまで来てしまいます。
例えばそのような状態になった場合、直管楽器(トランペット、トロンボーン)全員が客席に対して真正面を向いている理由はありません。先ほど解説したように、譜面台の上に指揮者の上半身が見える状態がベストですから、ステージ端の人は必然的に椅子ごと角度を変えて中央に向くことになります。
サントリーホールやミューザ川崎のように半円形の雛壇になっているのは当然そういった考え方によるものです。奏者は全員指揮者(舞台の中央)に視線が集中するようになっているのです。
[譜面台を横斜め近くに置かないこと]
この習慣は大昔から本当に全国的になくなりません。譜面台を右側斜めに置いているのは一体なぜなのか、その理由を部活の顧問の先生などに質問すると、だいたいの場合「音を遠くに飛ばしたいから」と返ってきます。加えて
「トランペットの音量が小さいから、前に遮るものを作りたくない」ということをおっしゃるのですが、金管楽器はピッチングマシンでも弓矢でもありません。
音というのは空気の振動です。ですから、音を遠くに飛ばすために前に遮るものを用意しないというのは違います。確かに譜面台とベルが接近しすぎると音色も響きもピッチも悪くなるのでそれはいけません。しかし、金管楽器の管は「共鳴管」。音はベルからまっすぐ飛ぶのではなく、楽器そのものが響きを生み出し、その響きが空気を振動させ、ホールの反響板や壁、天井に反射して客席のあらゆるところへ音を届けています。だってそうじゃなかったら、トランペットのベルが向いている人にだけ音が直撃して、少しずれたら聞こえない、なんていう特殊な指向性をもったスピーカーみたいになっちゃいますよね。そんなはずはありません。
ついでに書いておきますがコントラバスを客席正面に向けさせるのもやめましょう。
「音を遠くに飛ばす」「客席の最後列まで音を届ける」は完全なる比喩表現です。指導者さんは比喩は比喩であることを必ず伝えるよう心がけてください。
他にも、右斜めに譜面台を置くことで楽譜を見ていると指揮者が視界に入らなかったり、無意識のうちにマウスピースが唇に当たる左右の圧力バランスが狂ってしまう、姿勢が真っ直ぐでいられなくなる(腹筋の偏った使い方が起こる)という問題点もあり、これらも大変重要な問題点です。
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[譜面台の高さの統一をさせない]
横一列譜面台の高さを統一している団体も多いです。その理由を聞くと「客席からの見た目」だそうです。プロオーケストラの譜面台を見てみましょう。完全に揃っている状態でしょうか。違いますね。それはなぜか。身長が違うから、演奏する時の楽器の構え方が違うから、楽器によって目線が変わるからです。何度でも言いますが、見た目ではなく、奏者のパフォーマンスが十分に発揮されることを最優先にしてください。
なぜ高さがバラバラだったら見栄えが悪くならないか、と思うかもしれませんが、先ほど解説した条件のひとつ「譜面台の高さは視界に楽譜と指揮者の上半身が入るようセッティングする」を守っていることによって、客席からある程度すべての奏者の顔が見える状態になっているわけです。もしこれが譜面台の高さ統一を優先した場合、客席から顔が見えない人もいれば、かなり上半身が見えている人もいて、返って違和感があるはずです。
ぜひこれらに関してはプロの現場で譜面台を具体的にどのような位置に置いているかをコンサートホールへ行き、確認してみてください。バルコニー席やサントリのP席から覗きこでみるのも良いと思います。プロのステージスタッフが作り上げたイスと譜面台の距離感を研究してみましょう。
[ソロやアンサンブルの場合]
今回お話したのは、主に吹奏楽やオーケストラでの譜面台の位置でしたが、アンサンブル(室内楽)も当然同じで、各奏者の顔(目)が見える状態に配置する必要があります。これは立奏でも座奏でも同じです。
ソロに関しては譜面台の位置に決まりはありません。ただ、強いて言うならばソロを演奏している時、お客さんはソリストかピアニストを見ているわけですから、譜面台があまりにも高く、そして奏者の近距離に置いてしまうと顔が見えなくなるのでお勧めしません。僕個人のことを言えば、ソロの場合に限り先ほど散々NGと言っていた右斜め前に置いて演奏することが多いです。高さもさほど高くしないように、ただし体が譜面に傾いてしまうくらい低くはしませんので、そのあたりでバランスをとっています。
これに関してもぜひホールでプロ奏者のリサイタルを聴きに行って、譜面台の位置を観察してみてください。いろいろな位置で演奏されているのがわかって興味深いです。暗譜の方もいらっしゃいますが。
ということで、3回に渡って書いてまいりました譜面台のこと、参考になりましたでしょうか。たかが譜面台と思わず、とても重要なことですから、ぜひ研究してみましょう。
荻原明(おぎわらあきら)
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