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悪夢が終わらない

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この物語は実話です。
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#悪夢

誰もいない病室

 七月十九日(火)田渕

 妙な夢を見た。

 昼食を食べ終え、薬が配られるのを待っていると、廊下からスリッパのパタパタという足音が聞こえた。

 足音はしだいに部屋に近づいてくる。誰かが午前中の検査をすっぽかしたのかと思っていると、呼ばれているのは私の名だった。廊下に出ると、走ってきた看護師が「田渕さん、退院です」と言った。

 あまりに突然だったので驚いていると、看護師が「すぐにナースステーシ

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はじまりの悪夢

 七月二十三日(土)田渕

 また妙な夢を見た。

 病室で新聞を読んでいると看護師が現れ、「田渕さん、先生がお呼びです」と言うので私はナースステーションへ向かった。ドアを開けると、私の担当医でありここの院長でもある毛利医師が手招きした。

 入院してそろそろ二ヶ月になる。痰から摂取した菌の培養の結果が出て、陰性ならば退院の話が出てきてもよさそうなものだが、なぜか医師の顔つきは険しかった。

 ま

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イボ痔の手術を手伝う

 七月三十一日(日)田渕

 またまた妙な夢を見た。

 私はナースステーションの前に立っていた。これから起こる出来事を、私は知っている。ドアを開けると部屋の中は空だった。

 不思議と恐怖感はなかった。イスに座り、誰かが来るのを待っていると、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ると、大野とかいう看護師が息を切らし、張り詰めた顔で私を見ていた。

 「田渕さん、ここにいたんですか」

 「ええ、

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感染する夢

 八月八日(月)田渕

 またまたまた妙な夢を見た。

 部屋でテレビを見ていると背後に視線を感じたので、振り返ると砂原君がカーテンの隙間からこちらを見ていた。話しかけようとすると、さっとカーテンを閉められた。

 部屋にいる誰にともなく、「今日も暑いねえ」と言ってみるが、返事はない。「ねえ、砂原君」と付け足すと、かろうじて「はあ」と気のない返事。

 「若いから余計、こんなところに何ヶ月もいるの

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悪夢の占い師

 八月十六日(火)田渕

 またまたまたまた妙な夢を見た。

 気がつくと私は怪しげな部屋の中にいた。壁は一面真っ赤に塗られ、大きな牛の頭蓋骨や、槍のようなものが掛けられている。正面にある木製の小さな机には、さまざまな色と形のろうそくが立ち、あたりは大量の煙に包まれていた。

 周囲を見渡したが、ドアらしきものが見当たらない。私はいつ、どのようにしてこの部屋に入ったのか。何ひとつ思い出せない。

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裸族の村で王になる

 八月二十日(土)田渕

 またまたまたまたまた妙な夢を見た。

 私は辺境の地にいた。村人たちは男も女も皆裸で、最小限のところだけ隠している。首飾りや腕輪などの装飾品を身につけ、逞しい上半身には赤や緑で幾何学的な模様が描かれていた。ここは以前テレビで目たような、いわゆる裸族の村らしい。

 村の様子を眺めていると、ある男が私に気づき、私に近づいてきた。周囲の家からも続々と人が出てきて、あっという

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裸族の村で虫を食う

 八月二十四日(水)田渕

 私は玉座にあぐらをかいて座っていた。

 左右には男女の付き人が数名立っていたが、その中には通訳の男の姿もあった。通訳は口元にいやらしい笑みを浮かべながら目配せをよこしてきたが、私は無視した。それでもまだ視線を感じたので、威厳を込めて咳払いをひとつすると、その場にいた誰もが姿勢を正し、部屋は静寂に包まれた。

 ついに私は彼らの言う「運命」を受け入れてしまった。まさか

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悪夢の起源

 八月二十八日(日)田渕

 「殿、お気を確かにお持ちくだされ」

 私そっくりの顔をした男が眠っているのを、浮遊した私が見下ろしていた。私によく似た男は明らかに顔色が悪く、今にも死にそうな顔をしている。

 マゲ姿の彼が着ている寝巻きには金粉が施されており、掛け布団にもきらびやかな鶴の刺繍がしてあることから、私によく似たこの男は、かなり身分の高い人間であることがうかがえた。そして彼を、老中のよう

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悪夢はおわらない

 
 三ヵ月後 砂原

 退院して二ヶ月が過ぎた。二ヶ月も過ぎたというのに僕はまだ二週間に一度、定期検診のためこの病院に来て狸医師(担当医の本多)の顔を拝まされている。結核の薬もまだ飲まされているため、おしっこもオレンジ色のままだ。

 薬をもらってすぐ帰れるならいいが、レントゲンや血液検査の結果待ちで、二時間は病院にいるはめになる。売店で買った雑誌を三回も読めば、誰だっていい加減飽きる。僕だって

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