感染する夢
八月八日(月)田渕
またまたまた妙な夢を見た。
部屋でテレビを見ていると背後に視線を感じたので、振り返ると砂原君がカーテンの隙間からこちらを見ていた。話しかけようとすると、さっとカーテンを閉められた。
部屋にいる誰にともなく、「今日も暑いねえ」と言ってみるが、返事はない。「ねえ、砂原君」と付け足すと、かろうじて「はあ」と気のない返事。
「若いから余計、こんなところに何ヶ月もいるのは嫌だろう」
「ええ、まあ」
「我々みたいな年寄りだって嫌になる位だからなあ。ねえ、福留さん」
答えはなく、沈黙が部屋を支配した。
何なのだ。心当たりがあるならまだしも、このような仕打ちを受ける憶えはない。会社に勤めていた頃も、面白くないことがあると陰湿なやり方で人を責め立てる輩はいた。心の弱い人間に限って、他の者を集団で追い込み、優越感を浸ろうとする。
「あのねえ君たち、これは何の真似かね。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ。私は今君たちがしているようなことが一番嫌いなんだ。同じ部屋で寝泊りしている仲なのだから、今さら遠慮もないだろう。それとも、こんな年寄り相手に言いたいことも言えんのか」
それでも何の返事もないので、ついに私の我慢も限界を超えた。「聞こえているだろう」と言いながら、目の前の仕切りのカーテンを開ける。しかしそこには殻のベッドがあるだけだった。
「福留さんなら、さっき看護師さんに連れて行かれましたよ」
カーテンの向こうから、蚊の泣くような榊君の声がした。
「連れて行かれたって、どこへ?」
「手術室です」
「手術室? 何でまた」
「イボ痔の手術をするからですよ」
そこでようやくベッドから出てきた榊君の顔を見て、私は愕然とした。焦点が合わず生気を失った目は落ち窪み、頬はげっそりとこけ、肌はカサカサに乾燥してミイラのようだった。いつの間にこんな痩せてしまったのか。
「榊君、どうしたんだその体は」
「田渕さん、あなた、ウイルス性のイボ痔だったそうじゃないですか。どうして黙っていたんです」
「な、何を言ってる。私はイボ痔なんかじゃない」
「隠したって無駄です。看護師さんに聞きましたよ。院長先生に切除してもらったんですってね。あなたは治ったからいいけど、同じ部屋にいた僕たちにまでうつったじゃないですか」
「ちょっと待て。そんなイボ痔がある訳ないだろう。そんなの聞いたことがない」
「でも実際にうつってるじゃないですか。僕は大をしようとすると痛くてしょうがないから、もう二週間も食事してないんですよ」
「バカな。イボ痔だからと言ってこのまま食事しなかったら死んでしまうぞ」
「あなたのせいじゃないですか。福留さんはイボが大きくなりすぎて、急きょ切除することになったんですよ。放っておいたら命に関わるところまで来てしまったんです。田渕さんはそれでもまだ、自分には何の責任もないと言うんですか」
「ちょっと待て、その、ウイルス性のイボ痔にかかったのは、福留さんと榊君だけかね」
「この部屋の患者全員ですよ」
榊君がそう言うと両隣のカーテンが開き、同じくミイラのようになった砂原君と等々力君が顔を出した。三人とも恨めしげな顔でこちらを見ている。
その場にいるのが耐えられなくなり、逃げるように病室を出た。福留さんがどこで手術を受けているのか分からなかったが、「頼むから助かってくれ」と祈りながら廊下を走った。
そこでふいに目が覚めた。クーラーが効いているにもかかわらず、私は体中に汗をびっしょりかいていた。
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