はじまりの悪夢
七月二十三日(土)田渕
また妙な夢を見た。
病室で新聞を読んでいると看護師が現れ、「田渕さん、先生がお呼びです」と言うので私はナースステーションへ向かった。ドアを開けると、私の担当医でありここの院長でもある毛利医師が手招きした。
入院してそろそろ二ヶ月になる。痰から摂取した菌の培養の結果が出て、陰性ならば退院の話が出てきてもよさそうなものだが、なぜか医師の顔つきは険しかった。
まさか私の体は結核よりも深刻な病魔に蝕まれていたのか。張り詰めた空気に耐えられなくなった私が「何でしょうか」と尋ねると、ひとつ咳払いをした後で、医師は重々しく口を開いた。
「田渕さんね。この間の検査の結果が出たんだが」
「はい」
「検査の結果、薬で菌はだいぶ減ったんだけどね」
「ええ」
「実は、別の病気が」
「別の病気?」
「うん、ちょっと言いにくいんだけど……」
「何の病気ですか。覚悟はできてます、教えてください」
「分かった。田渕さん」
「はい」
「あなたね、イボ痔だ」
「え?」
「イボ痔だよ、イボ痔。この間の検査で見つかった。どうして黙っていたんです」
「ちょっと待って下さい。私は、イボ痔ではないと思うが」
「いや、これはどう見てもイボ痔だ。ここにくっきりと影も出とる」
影も出とる? お尻のレントゲンなど撮った覚えはない。だいいち、イボ痔がレントゲンに写るものなのだろうか。痔というのは医者が気づく前に本人が気づくはずではないのか。
「まあいい。本人は気づいておらんのだろうが、放っておいたら大変なことになる。すぐに切除しよう」
「えっ、切除ですか」
「そうだ。すぐに処置しなければ手遅れになる」
「先生は肛門科の手術もできるんですか」
「イボ痔の切除なんて誰でもできる。滅多にやらない私がやってあげるんだから、光栄に思いなさい。さあ、下を脱いで」
脱げと言ってもここはナースステーションなので、周りには看護師が大勢いる。私が渋っていると、後ろのドアから屈強な男たちが出てきて、私を羽交い絞めにした。身動きが取れなくなり、顔面蒼白になった私の前で、毛利医師がメスを消毒し始めたところで目が覚めた。
クーラーが効いているにもかかわらず、私は全身に汗をびっしょりかいていた。まさかと思いトイレで確認してみたが、私はイボ痔ではなかった。
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