イボ痔の手術を手伝う
七月三十一日(日)田渕
またまた妙な夢を見た。
私はナースステーションの前に立っていた。これから起こる出来事を、私は知っている。ドアを開けると部屋の中は空だった。
不思議と恐怖感はなかった。イスに座り、誰かが来るのを待っていると、後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ると、大野とかいう看護師が息を切らし、張り詰めた顔で私を見ていた。
「田渕さん、ここにいたんですか」
「ええ、ここに来るように言われていたと思うのですが」
「隣です、隣の部屋。すぐ来てください」
手を引かれるまま隣の部屋に入ると、中央に手術台があり、台の上にひとりの男がうつ伏せに寝かせられていた。男はなぜかズボンを膝のあたりまで下ろし、お尻が丸見えの姿になっていた。
「何ですか、これは」
「人手が足りないので、田渕さんも手伝ってください」
「え」
「看護師が足りないんです。田渕さんも手術を手伝ってください」
部屋を見渡すと、手術台を囲むようにして看護師が他にも数名いる。人手不足には思えない。しかも患者である私に手術を手伝えとはどういうことか。
「なぜ、私が手伝わなきゃならんのです」
「この患者さんはイボ痔なんです。田渕さんもイボ痔だったから、同じ苦しみが分かるでしょう」
「な、何を言ってるんだ。私はイボ痔などではない」
「いいえ、あなたはイボ痔です。そして先週、毛利先生に手術をしてもらったはずです」
「いや、そんな記憶はないが」
「いいですか田渕さん。冗談を言っている場合ではありません。あなたが毛利先生にイボ痔を手術してもらっていることは記録にも残っています。そしてあなたは、毛利先生の素晴らしいイボ痔切除の技術を、一番間近で見ていたのです」
「いや、見ていない。もし本当に手術を受けていたとしても、自分のお尻の手術されている様子が見られる訳がないだろう」
「とにかく、この手術を成功させられるのはあなたしかいません。さあ」
そう言って看護師は私の震える右手にメスを握らせた。手術台に寝ていた男が振り返り、私は初めて男の顔を見た。どうも見覚えがあると思ったら、その男は私が会社勤めをしていた頃の上司だった。上司はまるで藁をもつかむような顔で私を見ていた。
「田渕君、やってくれ」
そう言う上司の声は震え、額には無数の脂汗が滲んでいた。この男がイボ痔だったとは知らなかった。しかしもし本当にこの男がイボ痔だとしても、私にそれを切除できるはずがない。
「できない。私には無理だ」
渇いた喉から出た私の声は震えていた。
「田渕君、私を見殺しにするのか。在職中は色々と面倒見てやったじゃないか」
「うるさい。昔からお前のことは嫌いだったんだ。イボ痔で死ぬ訳じゃあるまいし、そのままでいろ」
「自分だけ助かればいいのか。君はそういう男だったのか。この人でなし」
「私はもとからイボ痔などではない。一緒にするな」
「何でもいいからやってくれ、もう痛くて我慢できん」
「田渕さん、さあ。お願いします」
看護師が私の体を押し、手術台に一歩近づいた。メスを握った私の手は振るえ、汗でびしょびしょだった。メスを握りなおし、上司だった男の尻に手を伸ばそうとしたところで目が覚めた。クーラーが効いているにも関わらず、私は体中に汗をびっしょりかいていた。
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