行李箱の準備しながら
高校生の頃に留学した時は直前になっても実感が湧かなくて、ゆらゆらと日々を過ごしているとあっという間にオークランド国際空港に着いていた。現地の空港に着いてからホームステイ先に移動する車の中で流れていたラジオの内容がさっぱり分からなくて、そこで初めて英語圏の国に来たことを思い知った。ホームステイを何度も転々としたり、英語が分からなくて何度も心が折れかけたり。必死にもがき続けていたあの頃の日々は少し霞んできたけど、今でもずっと覚えている。
そんな日々がもう1度やって来るなんて、夢にも思わなかった。ここからまた新たな生活が始まる。
家の納戸で眠っていたスーツケースを数週間前に取り出して、少しずつ荷物を詰めていった。今度の滞在は長くなりそうだからと、次々と物を増やしてしまう。8月に入ってからは、中国語で書かれた資料がたくさん届くようになった。ひとつひとつ目を通しても内容がイマイチ分からなくて、私本当に大丈夫かなとさえも思い始めてしまう。
知らぬ間に招待されていた学科のLINEグループで初めて自己紹介をしたとき。私は一般課程の学科に所属するから、当然ほとんどの同學が台湾人だ。見慣れない3文字の名前がずらりと並んでいて、少し緊張した。簡単な中国語を並べてとりあえず自己紹介の文章を作り、ドキドキしながら何十人もいるグループに送信する。何人かの子たちと先にインスタを交換していると、綺麗な日本語でdmをくれた台湾人の女の子がいた。ちょっとだけ心が軽くなった。期待と焦燥。懐かしいこの感じ。きっと高校1年生だった頃の自分と違うのは、生活拠点自体を向こうに移してしまうことがどれだけ大変なのかをすでに知っているということだろう。でもその中でも楽しみという感情がある自分に少し安心している、そんな感じ。
残り少ない日々は、焦りすぎないようにと空白を多めに作っておいた。毎日テレビに齧り付くように観ている高校野球も明後日で決勝戦。そして、きっと生まれ変わった地で暮らし始める数日後なんてまたすぐにやって来る。同じ人種の外国人として暮らすことで私は一体何を感じるだろうか。今日もぐるぐると頭の中で思考が巡る。そんな生活の中で、自分が本来帰るべき場所や言語にも思いを馳せながらまた歩き続ける。