tomiokajoe

西成在住の小説家。 2019年『名もなき復讐者~ZEGEN~』で宝島社「このミステリーがすごい!」大賞 U-NEXT・カンテレ賞を受賞し、メジャーデビュー。連続ドラマの原作となる。 西成を舞台とした小説執筆、西成中心の飲み歩きが趣味。 今宵も西成の町を練り歩く。

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西成在住の小説家。 2019年『名もなき復讐者~ZEGEN~』で宝島社「このミステリーがすごい!」大賞 U-NEXT・カンテレ賞を受賞し、メジャーデビュー。連続ドラマの原作となる。 西成を舞台とした小説執筆、西成中心の飲み歩きが趣味。 今宵も西成の町を練り歩く。

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【短編小説】えびすばし 前編

 幼い頃、交通事故で両親を亡くしたあけみは、主に関西の親戚中をたらい回しにされた。どこへ行ってもあけみは邪魔者扱いされた。  当時はどの家も貧しかったため、食い扶持が一人増えるだけで家計が逼迫するのはあけみもわかっていた。だから、親戚をちょうど二回りした時に、あけみは独立することにした。十八の時だった。今から十二年前のことだ。  そして、それまでの、あまりにみじめな生活で渇いた心が本能的に華やかさを求めたのか、あけみは大阪の中心であるミナミに出てきたのだった。生まれてはじめて

    • 【掌編小説】ヒットマン

       相手には何の恨みもなかった。いや、俺が仕えるオヤジに牙を剥く相手なのだから、俺にとっては恨みのある相手だ。俺は自分にそう言い聞かせ、アパートと散髪屋の間の路地で息を殺していた。  掌には汗、拳銃がやけに重い。今朝、兄貴分から拳銃を手渡された時、まず思ったのが、映画の二丁拳銃なんて嘘だということだ。あんなもの不可能だ。技術以前に物凄い力が必要だ。それほど重い。重さだけでなく反動に耐えうる力も必要だろう。その上、グリップが厚く、うまく握れない。おまけに緊張のせいで汗をかき、その

      • 【掌編小説】女郎の恋

         時代は昭和。  遊郭の二階の窓、と言っても客を招く部屋のそれではない。かね子は布団部屋の小さな窓から、薄紫色に染まる鰯雲を眺めていた。一夜限りの女を求めてここを訪れる男に抱かれるだけの生活も、もう三十年になる。間もなく五十だ。  昔は人生五十年。とすれば、私は生涯現役というわけだ、そうかね子は呟いた。だが、現役といっても、今は遊郭通りに立たせてもらえず、もちろん玄関にも座らせてもらえず、酔っ払って相手を識別できなくなった客をあてがわれるばかりだった。  顔をピンク色に化粧し

        • 【掌編小説】偽りのキス

           私の唇に彼の唇が触れる。それはまさに触れるという行為以外の何物でもなく、キスという実感はなかった。冷たかった。彼の心が冷たかった。それが唇を通して私に伝染し、私の心をも冷たく閉ざした。彼の唇ではなかった。  いや、目の前の男は確かに彼だ。目はほとんど見えなくなっていたが、間違える筈などない。彼だ。しかし、彼のキスではなかった。初対面の相手を無視するのは憚られ、会釈くらいはしようかというようなキスだった。 私は、意を決したかのようにして入ってこようとする彼の舌を受け入れ、そし

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        【短編小説】えびすばし 前編

          【短編小説】できそこない芸人 後編

           そんなある日、突然、本当に唐突に仕事が入った。  会社から電話が入り、行き先をただ告げられ、とにかく行って舞台をこなせとだけ言われた。  老人ホームへの慰問だった。  二人は戸惑った。  そういう仕事は、名前の売れているベテランの仕事だというのが定番となっているからだ。  とはいえ、せっかく久しぶりに入った仕事だ、二人は喜び勇んで仕事場へ向かった。  劇場では若い客ばかりを相手にしているため、目の前にお年寄りが並んで座っている様はある意味壮観だった。  それに、老人ホームだ

          【短編小説】できそこない芸人 後編

          【短編小説】できそこない芸人 中編

           生まれてはじめて父親に殴られ、勘当されたタケシは、ジュンとアルバイトをしながらワンルームのマンションを借りた。今もそこに二人で住んでいる。  ずっとタケシの味方をしてくれていた母親は、時々お金を送ってくれた。ありがたかったが、だが、それは一円も使わず、残してある。なぜなら、ジュンは身内からの仕送り援助を一切断っていたからだ。ジュンは完全に退路を断っていた。ジュンは覚悟を決めているのに、自分だけ親に甘えるわけにはいかない、そう思ったからだ。  だが、そんなジュンに、タケシは時

          【短編小説】できそこない芸人 中編

          【短編小説】できそこない芸人 前編

          「ワシの目の黒いうちは芸人になることは許さへんって親父に言われましてね。でも、こうして芸人やらせてもらってます。て言うても、親父を殺したわけやないですよ」  タケシが漫才のネタに身内、特に父親のことを持ち出すのははじめてだ。  元来、台本にないこと、いわゆるアドリブを突然組み込むことの多いタケシだったが、今日の彼に、相方のジュンは違和感と胸騒ぎを覚えていた。  もちろんジュンは、そんなタケシのアドリブには慣れっこだったため、 「当たり前や。親殺したらここにおれるかい!」  と

          【短編小説】できそこない芸人 前編

          【短編小説】かくれんぼ 後編

          「!」  振り返る。だが、スチールに変わったドアが四つ並んでいるだけで、誰の姿もない。  私はそれでもしばらくその場所に佇んでいた。まだどこかに、人のいる気配が漂っていたからだ。  しかし、誰も現れず、何も起こらず、私は仕方なく柔らかい土の上を歩き、路地に向かった。  少女は現れない。路地まで来ても、何も起きず、私の記憶に何の動きもなかった。  路地に足を踏み入れる。その時、私は自分の感情の変化に気付き、驚いていた。  少女に、夢に出てきたあの顔のない少女に無性に会いたいと思

          【短編小説】かくれんぼ 後編

          【短編小説】かくれんぼ 中編

           一時間に一本しか電車が通らないローカル線の踏み切りを越えると、目的のP町だった。都心から四時間かけてたどり着いた町は、ひどくさびれていて、もの淋しかった。  人気のない駅前商店街を抜け、昔ながらの民家が並ぶ細い道を縫うようにして走った。そして何とかそれを抜け、さらに十分ほど走ると、何となく見覚えのある町並みが視界に入ってきた。  山と山に挟まれた町。高速道路は山を削ることなく、この町の上を走るように建設されるようだ。  やがて小学校が見えてきた。何の感慨も湧いてこない。小学

          【短編小説】かくれんぼ 中編

          【短編小説】かくれんぼ 前編

           また同じ夢だった。  これでもう十日続けて同じ夢を見ていることになる。  全く同じ夢だった。  どこかの田舎町の路地に迷い込んだ私の前に少女が現れる。そしてその少女には顔がない。まるで顔の白い人形のような、いや、白い面を被っているかのような少女。  彼女は私を手招きする。そして細い声で呼ぶのだ。「ケンちゃん」と。私のことだ。  私は逃げ出す。顔のない少女が怖く、気味が悪く、逃げ出す。どこまでも少女が追ってきそうな気がして必死で逃げる。そしてようやく路地を抜け、振り返ろうとす

          【短編小説】かくれんぼ 前編

          【短編小説】えびすばし 後編

           もちろん富田の子だった。富田以外の男性とはそういう行為に及んでいない。  三十歳を越えた富田は、相変わらず仕事をせず、仕事を探そうともせず、堕落した生活を送っていた。もちろん組も完全に富田を見放していた。 酒が飲めないというのが唯一の取り柄といえば取り柄だった。もし二十四時間アパートにいる富田が酒飲みだったら、もうとっくに身を滅ぼしていただろう。  組への借金が減るにつれ、富田が荒れることは少なくなった。あけみへの暴力もほとんどなくなっていた。ただ、夜中、あけみがアパートに

          【短編小説】えびすばし 後編