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難病営業マンの温泉治療④【岩手でめ金食堂~鶯宿温泉】

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 最終日の大沢温泉は隣客の鼾声に苦しめられ快眠は得られなかった。
薬も効かぬこの身体、何とか神経痛だけは治して帰りたいところだ。自然と眠気が来る日を願い、次宿へと旅立った。

 花巻から北西へ50キロ。遂に一泊2,000円の宿、鶯宿温泉石塚旅館を愛車と共に目指す。
 
 と、その前に。15時チェックインまでには流石に時間を持て余してしまう。そこで本旅初の立ち寄り湯。1年振り3度目となる巣郷温泉「でめ金食堂」。こちらでは稀少な珍湯をいただける。

 大船渡市から北上、横手を経由して由利本荘市へと抜ける国道107号線のロードサイド。秋田と岩手の県境に卒然と現れる「でめ金」の袖看板に「ラーメン」ののぼり旗。一見年季の入ったドライブインにしか見えないが、この食堂の奥にそれはある。

 11時過ぎの到着。まだ誰もいない店内の戸を潜ると女将さんがお出迎え。

 タオルを肩にかけていた私に、「先にお風呂にします?食事にします?」新婚カップルの様な応答。まだそれほど腹も減っていないので先に源泉を拝湯することに。

 民家に上がり込んでいくように廊下を進むと脱衣所が姿を現す。
ご主人や女将さんもこれに毎日浸かっているのかな、、と勘案してしまうほどの生活感。最奥の戸を開けるとタイル張りで2人程しか入れないこの湯船が。

 見た目は無色透明だがその強烈な臭いは全国屈指。まるでガソリンスタンドの地下貯槽に放り込まれたかの様な激油臭が籠る。

 浴場の狭さも相まって排気が間に合わないのだろうか、ライターでも着火すれば建物ごと爆破してしまいそうなほど。蛇口を捻ると注湯される源泉は単純硫黄泉(分析書がなく不明)か、湯触りはサラサラ系だが温まりがよく退湯後も20分程汗が噴き出ていた。

 流れる汗をタオルでたたき拭きしながら食堂でグッタリ。食欲が出るまで水分補給をしながら回復を待った。落ち着いたところでオーダーは「マーボーメン」。

 定食やつまみ、一品物もかなり充実しているが、女将さん曰くこれがおすすめメニューだという。闘病生活、食事制限がないことが唯一の救い。内臓疾患はなく主治医からも、なるべく一日三食、たくさんと食べろとしか指示は出ていない。

 あんかけ状のスープは膜が張り、噴煙の如く湯気が立ち上る。激熱でとろみのあるスープはコシのない麵に絶妙に絡む。具材は白菜や椎茸がメインで派手さはないものの、なかなかの旨さだ。これで温泉付きで720円は望外の安さ。

 今や日本国中どこにでも出る様になった温泉(※温泉法上地盤を掘り続ければ温泉にはなる)。埼玉県を中心に首都圏にも次々と日帰り温泉施設が郊外にオープンし、週末ともなれば行列ができるほどの人気になっている。

 入場料に加え、お食事処で腹を満たそうと思えば2,000円近く取られてもおかしくはない。大いに結構な話だが、その源泉の湯遣いは消毒液投入、循環式が横行していたりする。東北地方の温泉偏差値の高さが垣間見える良き1湯だった。

 
 巣郷温泉を後にし更に北上すること1時間、岩手県雫石町に入る。開湯450年、鶯が傷を癒していたことから命名されたという「鶯宿温泉」。4年振り2度目の訪湯。

 毎分湧出量3,000ℓを誇る名湯だが、北西にはエメラルドグリーン「国見温泉」、田沢湖周辺には日本の秘湯ブームの火付け役「乳頭温泉郷」があるため、少し存在感の薄い印象なのかもしれない。


 Google mapを頼りに石塚旅館に向かうが、途中で案内は終わってしまった。温泉街の案内盤にもその旅館の名前はなく、暫く車を無為に走らせる。すると、狭道の最奥どん突き。やっとその姿を現した。
 遁世を求めここへ来たとは言え・・・なかなかハードボイルドな外観。
本当に営業しているのか??木造の廃校にしか見えないその佇まいに辟易とする。

 奥から女将さんが出てきた。70代くらいだろうか。


女将  「ヨシタカさんですね。本当にうちで大丈夫なの?」
私    「大丈夫です。全国を湯治で回っていますので」
女将  「東京から来た人達もうちに着いてから他にするって方もいるのよ」

 湯治客の中ではかなり若い部類に入るのだろう、半可通と見られたようだ。それにしても、これまで宿泊してきた湯治場の中でも出色の襤褸さ。だがここまで来て「やっぱり他にします」とだけは絶対言いたくはなかった。
 
 豪奢な生活など望んでいない。浮世から放擲されたようなボロ宿でせんべい布団に丸くなる、まるで地歩を見つめ直すが如く。
 空虚な場所で綺麗な空気を吸い、3度飯を喰らい、身体が冷えたら源泉で暖を取り、夜は静かに眠る。持病を持つ人間にとっては、これほど贅沢な暮らしはない。

 女将さんに自炊場、風呂、部屋を案内された。ここまで来ても尚、、

女将 「(窓の外を指さし)あそこの宿の方が綺麗だよ、少しうちより高いけど」
私  「だ、大丈夫です(想像以上にボロい)」
女将 「病院があるから木曜までね 他にしたかったらいつでも言って」

 気管支を患っているらしく、2つの病院を併診しているようだ。それにしてもどこまでも商売っ気のない宿。


 部屋で小休止、と思い障子に手をかけた瞬間。天敵カメムシがを数匹発見。湯治場はかなり慣れているつもりだがどうも虫は苦手だ。ガムテープを借りるため女将さんを探しに1階へ降りる。

 共同の炊事場に行くと女将さんと湯治客と思われる40代の女性が何やら立ち話をしている。

 「すいません、ガムテープを貸してくれませんか。虫が出ちゃって」

 何故か二人はクスクス笑いだした。あれっ、笑われるようなこと言ったかな。

                          令和3年4月30日

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