秋の鳴子温泉湯治⑦<最終回>【いつまでも、私の一番好きな宿】
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湯治も最終日が近づくに連れ、錯雑と私の頭には「帰りの運転問題」が浮かんでは消えた。埼玉の自宅まで、往路は那須板室を経由した。さて復路はどこを中継地に。。定石は新白河から南、栃木に入っておいた方が翌日の運転は楽だ。
だが、どうしても川渡を、高東旅館を離れたくない。一日でも、ここに長くいたい。一息で帰れないだろうか。
数日前、T先生よりご指導いただいた太極拳の運足を江合川の河川敷で行いながら沈思黙考(無心にならなければ…)。次の大学病院での診察に合わせ、月曜に自宅に戻れれば良い。
確かに鳴子から埼玉までの運転は私の身体では負担は大きい。
だが日曜出発の帰りの東北道は渋滞も懸念される。それに11時チェックアウトをしてから再び15時のチェックイン、一日に2度の引越しは中々面倒だった。
こちらに来てからの体調はいつものように順調に回復しており、痛み痺れ共に治まっていた。
私 「女将さん、一日この部屋延ばせますか」
女将 「大丈夫よ。日曜にはみんな帰るから、静かでいいわよ」
私 「途中福島か栃木か寄ろうと思ったんだけど、やっぱりここが良くて」
女将 「ゆっくりしていくといいわ」
女将 「昔の人たちはね、うちから帰っても一日はお風呂に入らないって言ったのよ。お湯の成分が残るからって」
私 「ここの湯は本当に効きますからね」
女将 「運転は大丈夫?」
私 「身体が硬化しちゃうから、途中SAでストレッチしながらゆっくり帰ります」
いつも優しい女将さん。常連客にはお馴染みだろうが、早朝から洗濯に食事出し、昼は部屋掃除。圧巻は冬場の石油ストーブの燃料補給。華奢な身体でタンクを抱え2階へと颯爽と上って行く。80歳近いはずだが、八面六臂の見事な働きに頭が下がる。
「手伝いますよ」
「いいのいいの」
高東旅館は365日休みがない。スタッフもおらず、全てご家族でタスクを回している。
「うちみたく小さくやってる方が長く続くのよ」
数年前にそう話してくれた女将さん。予言通り、その後川渡の同地区で数件の宿が倒れた。うち一軒は、露天風呂をリニューアルしてすぐのことだった。また年内に閉館が決まっている宿もある。
最終日
長時間の運転を覚悟し、早朝から荷造りを開始。1週間以上も滞在すると、客室は完全に自分仕様にカスタマイズされ、原状回復に結構な時間が掛かる。午前9時前、部屋が空になったことを確認して帳場へ向かった。
私 「今回もお世話になりました」
女将 「なんかあっという間ね」
私 「本当はもっといたいんですけど、また病院があるから」
女将 「かわいそうね」
私 「また次の予定が決まったらご連絡します。ここは2日かけて来るから、なるべく長く居たくて」
女将 「いつでも待っているわよ」
私 「御主人にも宜しくお伝えください」
女将 「今寝てるわ」
私 「連休でお疲れだったのでしょう。また稲刈りも始まるから、休んでもらわないと」
女将 「主人はあなたに会うのを楽しみにしているのよ」
私 「そうですか、ただの病人ですよ」
ここはフロントではなく、館主の自宅の居間を兼ねる帳場。
ここで会計を済ませると、外への見送りもない。通常の旅館との違いに、最初は戸惑う客も多いかもしれない。だが、どこの宿よりも温かく優しく、また帰って来たくなる不思議な場所。
「では、行きますね」
「気を付けて帰ってね」
そう言えば、お休み中だった御主人に、伝えそびれたことがあった。
『--最近になって、湯治のことが少しずつ分かってきた気がします。私の病は複雑です。お湯が薬となって、痛みを消してくれる訳でも、身体を治してくれる訳でもありません。
治療に大切なのは、綺麗な空気と緑豊かな環境、そして素晴らしい源泉。それに「ここで治す」という気概と、それを支える善き人、仲間が一体となって【湯治】に繋がるのだと思います。
ここは少し遠いので、他のお宿の力を借りることもあります。
ですが、やはり私のナンバーワンの湯治宿は高東旅館です。その思いはこれからもずっと、変わることはありません。
通院の都合が見えましたら、すぐにお電話いたします。またお会いできることを、楽しみにしております』
秋の鳴子温泉湯治
おしまい
令和4年9月26日
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