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難病営業マンの温泉治療③【岩手県大沢温泉】

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 福島県高湯温泉の硫化水素臭漂う源泉は見事なものだった。
特に創業時から140年続く茅葺屋根浴槽は、湧出口がすぐ隣にあるという理想的な湯遣い。青白濁の硫黄泉は初湯にしては刺激が強いかと思われたが、酸性泉に見られるピリピリ感はそれほど感じられず、湯あたりもせず多湯した。
 
 だがこの夜、身体にまたしてもある異変が。胸元のちょうど中央あたりがズキズキと痛み始める。不眠や全身痛などの痼疾に加え、また爆弾が増えたことに辛苦する。この日も睡眠欲は訪れず、明け方までとりあえず目を閉じて横になり疑似睡眠で一夜を越した。(当然旅館や湯が悪いわけではない)

 “人間とは一体何日間眠れずに生きていられるのだろう。”
時折そんなことも思量しつつもまだ1泊目、長期療養であることがプラス思考に働き焦らず行人を勤めんと北へと旅立った。


 東北道で三界の地、岩手県を目指す。自家用車がここまで入るのは勿論初めてのことだ。遠刈田、作並、秋保、そして湯治のメッカである鳴子温泉までをも一跨ぎ。わんこそばの街、花巻市へと降り立った。

 
 道中。どこかで昼食を、と思ったその時。広闊な田園の中に突如、平屋へと連なる行列店が目に飛び込む。50台ほどの駐車スペースがあるその店は「元祖満州にらラーメンさかえや 本店」。検索すると何とラーメンデータベースランキングで岩手県ナンバー2の人気店だ。


 流石に行列の数からして入店はためらったが、この店のキャッチコピーは“安い・早い・美味い”と来ている。そして多数の口コミを閲覧すると、行列ができるが回転が速くすぐに拝丼できるという。確かに列に接続する客も次々と暖簾に吸い込まれていく。

 軽く中を覗くとドでかい店内、しかも感染対策もあってか空いているテーブルも確認できた。ちょっくら並んでみるかと2~3分、店員さんから声がかかる。

 「おひとり様います?」 3席しかないカウンターの1席が空いており、先客を横目に着席に成功。

 名物満洲ニララーメン(650円)を注文すると本当に1分ほどで着丼。細ちぢれ麵に豚バラ、大量のニラに表層を覆うラー油ベースのスープ。ニンニクもかなり利かせているようだ。

 細食の身にとってはなかなかハードな見た目だが、食欲をそそる見事な香気。腸弱に一気に流し込んだ。辛みと旨味の二重奏がガツンと鼻口を抜ける。これは美味い!


 湯治前の花巻の思ひ出

 大谷翔平もこれを食べたのかな(花巻東高校から車で10分)
 いや、彼は確か高校3年間寮生活。ジャンクフードは食べてないか、、

 ベーブルース以来、ホームランダービートップでありながら先発登板という100年ぶりの偉業を果たす前日の出来事だった。


 
 腹を満たし、3泊逗留するは開湯1,200年「大沢温泉」。

 こちらは旅館部「山水閣」と宮沢賢治ゆかりの自炊部「湯治屋」から形成される。旅館部は言わば観光客向け。近代的な造りの母屋に懐石料理、JRが主宰する【地・温泉】プランなどでも集客に成功し賑わいを見せているようだ。

 私が投宿するのは当然後者。一人一泊2,593円~積上算で加算されるプランだ。基本料金に掛け布団220円、敷布団220円、シーツ77円等々。タオルや浴衣、歯ブラシも全て別料金。もう自炊部も慣れたもの、虫が出ようと隣客の鼾が酷かろうと文句は言えまい。

 築200年を誇る木造建築。人が歩く度にギシギシと振動するが、バカ騒ぎするミーハーな客はおらず夜は静かなものだった。

 館内には売店があり、お土産や日用品、駄菓子に食料品も揃うので手ぶらでも困ることはないだろう。食堂「やはぎ」は手打ちそばを始め普通の定食屋並にメニューを揃え、値段も安価。食の面でも多様なニーズに応えてくれる。


 「湯巡りの里」を謳う宿とあって、家族風呂を含め6ヵ所と多様。圧巻は豊沢川にせり出すように寄り添う混浴大露天風呂。開放的な空間は四季折々の山景を愉しめることだろう。
 
 51度のアルカリ性単純温泉はすべすべ感あり、時期によって微量の消毒液を使用することもあるそうだが気にはならない程度。適温配湯された湯は大露天の中で熱いエリアと温いエリアに分かれ、好みの場所にポジショニングを決めることができる。


 だが残念なことに、ファーストダイブで不届き者に遭遇。他の客がいるにも関わらず自撮りをしている中年男性が、、
 浴場へのカメラ持ち込みは厳禁、見つけ次第警察に通報と大々的に掲示があるにもかかわらず。否、公衆浴場に無許可でレンズを向けることなど免罪されるはずもない。
 
 記念撮影をしたい気持ちは分からなくもないが、私は撮影する際は浴場に誰もいないことを確認し、館主や他の入浴客の許可を取りに行く。
 治療目的で訪れる湯治場には、浴場にスマホやカメラを持ち込まない。

 湯巡り始めて7年、こんな簡単なルールすら守れない愚人が何と多いこと、、
 廃れ行く日本の混浴文化⦅1,200件(平成5年)⇒500件(平成27年)⦆。これはすなわち日本人のマナーの凋落を意味する。


 ここ花巻市は『武士道』の著者、新渡戸稲造のルーツとなった地。芥川龍之介や志賀直哉といった新思潮派、白樺派と対蹠に立ち、明治天皇に殉職した乃木将軍の最期を支持した代表的な人物だ。

 礼節を重んじ師に忠義を尽くす。海外から絶賛された日本人の崇高且つ秀麗な心よ、何処へ。                                                                                          令和3年4月29日

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