--- 人と人の あいだ を繋ぐ糸 ---
冷たい雨の降る土曜日。
立春も過ぎたというのに
ほんものの春が来るのはまだ、
幾分先のことみたいです。
*
やって来たのは一軒のカレー屋さん。
気分まで塞ぎがちなこんな日は
刺激的なスパイス料理に力をもらおう作戦です。
外壁に這う深みどりの蔦は
屋根の方まで登っています。
店内は昭和ふうの装いで
ラジカセから、歌謡曲が
遠く懐かしく流れてきます。
カウンター席に女の人がひとり。
あとはテーブル席に二組。
私は入口近くのテーブルに席を取りました。
料理が運ばれていった席から聞こえるのは
「お!来たきた」「美味しそう!」という
ちいさな歓声と
カツコツ、カツ、カツと軽快に
お皿とさじが当たる音。
夢中になって食べている姿が浮かんできます。
楽しげな、心地のいいお店。
カウンターの向こうの
どっしりした体格の店長さんは、
真剣な表情でせっせと手を動かしています。
*
そそる匂いを引き連れて
私の元にも
カレーが運ばれてきました。
黄色のライスに
2種のルウ、4種の付け合せの、
にぎやかなワンプレートです。
いろいろのスパイスと食材がつくる複雑な味。
コクがあって香り高く、スパイシーで、
なに味かと言われると難しいけれど
とにかく「止まらなくなる味」をしています。
これには何が入っているのかな、と
メニュー表の説明書きと
答え合わせしながら食べるが
たのしいお昼。
お腹から心まで
ほっかりと、満たされていきました。
*
ほどなく、
カウンターの女の人が席を立たれました。
濃紺のデニムにトレンチコートを羽織り、
艶のある黒髪をショートカットに纏めた
綺麗な人。
その方はお代を払い、
「ご馳走様でした。また来ますね。」
と涼やかな笑顔をのこして
去っていかれました。
こういう言葉を
サラリと伝える格好良さ。
その事が
やけに胸に残った場面でした。
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*
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「すごく、美味しかったです」
帰り際にひとこと
私も声をかけました。
(引っ込み思案な性格にフタをして)
すると店長さんの顔が
ふわっとほころび、
「ありがとうございます。
またお待ちしております。」
と、やさしい声が返ってきました。
胸の中になにか
ぴゅうっと、さわやかな風が通ります。
嬉しい気持ちをもらったのは
私の方でした。
ドアを開け、
雨のやんだ道、空を映した水たまりの上を
鼻歌まじりに
歩いて帰りました。
*
周囲との関わりが淡白な世の中。
それでもやっぱり
人と人のあいだを繋げるのは こころ です。
目を見て伝える、ほんのささいなひと言が
心を繋ぐやさしい糸になると知った
土曜のできごとでした。